Lab. Clin. Pract., 19(1) : 35-41 (2001)R-C.P.C.
Reversed C.P.C
AST (GOT)・ALT (GPT) 高値を示した2例名古屋掖済会病院中央検査部
深 津 俊 明
症例 1:B型急性肝炎 37歳,女性
経 過:00/4/16頃より倦怠感,心窩部痛あり.4/18消化器科受診し,胃内視鏡のために術前検査を受ける.4/28入院.5/23軽快退院.
輸血歴:無
飲酒歴:まれに少々
既往歴:糖尿病にてインスリン自己注射中,うつ病にて服薬中
ICA: 免疫クロマトグラフィー法
症例 2:B型慢性肝炎劇症化 72歳,男性
経 過:23年前,18年前,6年前に肝傷害にて入院歴あり.外来に通院治療中であった.00/10/5頃より全身倦怠感,食欲不振あり.10/13入院.10/19意識障害(指南力低下)出現.10/21死亡.
輸血歴:無
飲酒歴:4日/週 晩酌程度
1. AST・ALT高値を示すメカニズムと病態
アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)とアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)は,かつてはグルタメートオキザロアセテートトランスアミナーゼ(GOT),グルタメートピルベートトランスアミナーゼ(GPT)と呼ばれたが,国際酵素委員会はAST, ALTを推奨し日本でも浸透しつつある.ASTは,心筋,肝,骨格筋,腎などに含まれ,ALTは肝,腎に多い(表1).これらの組織,細胞の傷害により血中に逸脱し,活性は上昇する.ASTは肝のみでなく比較的広範に分布し,乳酸脱水素酵素(LD)と組み合わせて(LD/AST比)傷害臓器の推定に利用される.LDをピルビン酸を基質とする試薬(基準範囲上限が400 IU/l 程度)で測定した場合,LD/AST比が5未満では肝傷害を,10程度では心筋・骨格筋傷害を,20以上では血球または悪性腫瘍由来を考える2).ALTは肝に比較的特異的であり,ALT上昇は肝傷害の存在を示す.AST, ALTともに細胞内では細胞質の可溶性分画に存在する.さらにASTはミトコンドリアにも存在し,可溶性分画のASTはAST-s,ミトコンドリア内のASTはAST-mと呼ぶ.血清中に存在するASTのうちAST-sが主であれば細胞の傷害は比較的軽度で壊死に陥っている細胞は少ないが,AST-mの血中への逸脱は高度の細胞傷害・壊死あるいはミトコンドリア傷害が考えられる.各酵素の半減期はAST-s 10〜20時間,AST-m 5〜10時間,ALT 40〜50時間で,病態解析の際にはこれを考慮する必要がある.
急性心筋梗塞,骨格筋傷害や溶血性貧血では,組織中の分布を反映しASTの上昇が主でALTの上昇は軽度である(急性心筋梗塞でALTの上昇を伴う場合は,ショックによる肝細胞壊死を考える).肝傷害をアミノトランスフェラーゼで評価する場合,AST/ALT比が有用である3).急性,びまん性の肝傷害(急性肝炎)では,多量の肝細胞が破壊されAST, ALTは500 IU/l 以上の高値を示し,肝含有量を反映して初期には AST>ALTであるが,極期を過ぎれば半減期の長いALTが血中に残存するためAST<ALTとなる.広範・高度な肝細胞壊死を示す劇症肝炎やショック肝ではAST, ALTは 2000 IU/l 以上で,AST-mの逸脱により AST>ALT である.高値を示したASTが急速に低下するのはAST-mの半減期が短いことによる.慢性,持続性,散在性の肝傷害(慢性肝炎,過栄養性脂肪肝)では,AST, ALTは中等度上昇するが,半減期の差によりAST<ALTとなる.肝硬変では,正常肝細胞の減少によりAST, ALTの上昇は軽度にとどまり,さらに細胞内のALT活性は正常に比して著しく低下するため血中の比も AST>ALT となる.アルコールによる傷害はミトコンドリアに及ぶためAST-mが逸脱し,アルコール性肝傷害では AST>ALT となることが多い.健常人ではAST/ALT>0.8である(図1).
表1 ヒト組織中のAST, ALT活性値
(文献1より引用)組 織 AST ALT 心 筋 187,200 9,840 肝 170,000 61,600 骨格筋 118,800 6,200 腎 109,200 26,600 膵 33,600 2,800 脾 16,800 1,600 肺 12,000 980 赤血球 1,200 230 血 清 36 35 (IU/1 g湿重量) 図 1 AST/ALT比の有用性
CIH, 慢性非活動性肝炎(50例);CAH, 慢性活動性肝炎(50例);LC, 肝硬変(50例);HCC, 肝細胞癌(50例);FL, 脂肪肝(50例);ALD, アルコール性肝傷害(50例);NOR, 健常人(30例)
2. 血中HBVマーカーとその意義
B 型肝炎ウイルス (HBV) 感染症は一過性感染では自然緩解する急性肝炎から死亡率の高い劇症肝炎まで,持続感染では無症候性キャリア (Asymptomatic Carrier; ASC) から慢性肝炎,肝硬変,肝癌までさまざまな病態が存在する.表2に血中HBVマーカーとその意義を示す4).B型慢性肝炎の患者ではHBe抗原陽性からHBe抗体陽性に変化するセロコンバージョンの時期がある.従来はセロコンバージョンするとそれを境に肝炎は沈静化し予後は良いと考えられてきた.しかし,HBe抗体が陽性化した後にもAST・ALT値が動揺する患者が約1/3は存在し,しかもこうした肝炎持続例では肝病変の組織学的悪化も見られることが明らかとなってきた.HBV-DNAの点突然変異によりHBeタンパク質(抗原)の生成・細胞外への分泌ができなくなったためにHBe抗体陽性となったもので,HBV粒子は数は少ないものの依然として存在し(これを変異株と呼ぶ,変異のないものは野生株),増殖力が強ければTリンパ球による肝細胞傷害をひき起こすものと考えられている.さらに,この変異株と劇症化との関連も論議されている5).
表2 血中HBVマーカーとその意義 (文献4より改変引用) 血中HBVマーカー 意 義 HBs抗原 HBV感染状態の存在 HBs抗体 既往のHBV感染,防御抗体 ウイルス量の著明に低下した慢性B型肝炎疾患例 HBc抗体 低力価 既往のHBV感染 高力価 HBV持続感染状態 IgM・HBc抗体 低力価 B型急性肝炎の回復期 B型慢性肝炎の増悪期 高力価 B型急性肝炎の発症期 HBe抗原 血中HBV多い(感染力強い) HBV増殖時の一つのマーカー HBe抗体 血中HBV少ないことが多い,肝炎例少ない HBV-DNA・DNAポリメラーゼ 血中HBV量を示す,増殖のマーカー
3. 症例1 B型急性肝炎
AST・ALT上昇の直前にHBs抗原の陽性化が捉えられた症例で,発症早期に血中よりHBVは排除され,HBs抗原は陰性化している.注目してほしいのはASTの変動で3日間で2,434 IU/l から91 IU/l に急速に低下している.ASTの半減期を0.5日とすると3日間でASTは1/26 に低下することになる.一方,ALTの半減期は約2日であり3日間で1/21.5 に低下する.したがってAST・ALTの変動はほぼ妥当で,測定ミスではない.LDの上昇は,LD/AST比2.14で肝傷害によることがわかる.またLDの急速な低下も肝由来LDアイソザイム(LD5)の半減期が5〜8時間であることを考えれば首肯できる.
B型肝炎では母子感染や乳幼児期の免疫応答が完成する以前の感染成立ではキャリアへ移行しHBVと共存状態(持続感染;HBs抗原陽性)となる.しかし,それ以降の急性感染では透析患者や免疫抑制状態の患者を除いてキャリア成立はなく慢性化しない.大部分は治癒し,ごくまれに劇症肝炎をきたすことになる.輸血検査でのB型肝炎ウイルスのスクリーニング法が確立され輸血を介しての感染がほぼ防止された現在では,急性B型肝炎のほとんどは性行為感染と考えられている.
4. 症例2 B型慢性肝炎の劇症化
B型慢性肝炎が時に急性増悪し劇症化に至ることがある.他のウイルスの重感染,免疫抑制療法,強力な化学療法などが誘因となるが,何ら誘因のないことも多い.この症例はHBe抗体陽性であるにもかかわらず急性増悪・劇症化をきたしたことに注意して欲しい.HBe抗原陽性にしろHBe抗体陽性にしろ経過中にAST・ALTが変動する症例では,肝細胞傷害は持続し,慢性肝炎・肝硬変・肝細胞癌への進展や急性増悪・劇症化は起こりうる.このような症例の治療法としてラミブジンが注目されている.ラミブジンはHIVの治療薬として開発されたヌクレオシド誘導体の抗ウイルス薬でHBVの逆転写酵素を阻害し,HBVの増殖を阻止する.長期投与による耐性株の出現という問題はあるが,ラミブジン投与によりHBV-DNAの減少,ALTの低下,肝組織像の改善が得られている6).臨床応用が始まったところであるが,期待しうる薬剤である.
表3, 4に第12回犬山シンポジウムでの劇症肝炎の診断基準と意識障害(肝性脳症)の昏睡度分類を示す.高度の肝機能傷害の客観的指標としてプロトロンビン時間(PT) 40% 以下を用いている.肝で合成されるタンパク質にはアルブミン(Alb),コリンエステラーゼ(CHE),凝固因子などがある.Albの半減期は約7日,CHEの半減期は約10日であるため,その値は短期間での肝機能低下を反映しない.これに対し凝固因子の半減期は短く,特に第VII因子の半減期は約5時間で肝のタンパク質合成能をリアルタイムに反映する.そこで凝固第VII因子を含む外因系凝固因子測定系であるプロトロンビン時間(PT)やその変法であるヘパプラスチン時間(HPT)が短期の肝機能傷害の指標として用いられるわけである.PT 40% 以下で昏睡がない,または昏睡度Iの場合は急性肝炎重症型とされる.また,今回の症例のようなB型慢性肝炎の急性増悪・劇症化を劇症肝炎の範疇に含むか否か,に関しては明確な見解はないようである(肝臓専門医の先生方に是非ご意見を伺わせていただきたい).劇症肝炎とすれば発病後約2週で意識障害が発現しており亜急性型と考えられる.図2に症例の病理解剖での肝臓像を示す.
劇症化を示唆する検査所見を表5に示す.AST・ALTが低下するにもかかわらず,総ビリルビン(T-Bil)が上昇するのは劇症化のサインである.肝細胞での(間接)Bilの取り込みとグルクロン酸抱合能は最後まで残存する肝機能であり,T-Bilの上昇と直接/総ビリルビン(D/T-Bil)比の低下は劇症化の重要な指標となる.血漿アミノ酸の変動も特徴的である.フェニルアラニン,チロシンといった芳香族アミノ酸 (aromatic amino acids; AAA) は主として肝で代謝されるが,肝疾患時には肝細胞傷害や門脈大循環短絡により肝では代謝されず,血中濃度は上昇する.一方,バリン,ロイシン,イソロイシンといった分枝鎖アミノ酸 (banched chain amino acids; BCAA) は,肝傷害時の尿素サイクル機能低下により生じたアンモニアの解毒のために,筋肉で共役的に利用されて低下する.肝傷害の進展に応じて両者のモル比(Fischer比=BCAA/AAA)は低下し,劇症肝炎では1.3以下に低下する例が多い.また劇症肝炎ではメチオニン(Met)の増加も特徴的である.従来のアミノ酸分析は高速液体クロマトグラフィー法(HPLC)で,測定に時間を要していたが,近年,分岐鎖アミノ酸とチロシン(Tyr)のモル比 (branched chain amino acids and tyrosine ratio; BTR) を生化学自動分析装置で酵素的に測定することが可能となった.Fischer比との相関も良好(BTR=1.57×Fischer比+0.30)で,新しい肝機能検査として用いられるようになってきた8).この症例では低下したBCAAを補うために高分岐鎖アミノ酸製剤(アミノレバン)を投与しているにもかかわらず,BTRは低下している(注意:現在では急性肝不全極期に高分岐鎖アミノ酸製剤を投与することはむしろ禁忌とされている9)).肝解毒代謝機能の指標であるアンモニア(NH3)は必ずしも劇症肝炎の重症度を反映しない.画像検査では急激かつ広範な肝細胞壊死を反映する肝萎縮の所見が重要である.
多変量解析の結果からは(1) 45歳以上,(2) 亜急性型,(3) PT 10% 以下,(4) T-Bil 18.0 mg/dl 以上,(5) D/T-Bil比0.67以下が予後不良とされ,肝移植適応のガイドラインに取り上げられている10).
血漿交換などの内科的治療による劇症肝炎の救命率は近年改善してきたものの,未だ急性型50%,亜急性型20% 程度で不良である.前述の5項目のうち2項目を満たす症例は肝移植の適応であり,脳死肝移植が実施ししにくい本邦では生体部分肝移植が行われ,良好な成績を上げている11).
表3 劇症肝炎の診断基準 (第12回犬山シンポジウム) 劇症肝炎とは肝炎のうち症状発現後8週以内に高度の肝機能異常に基づいて肝性昏睡II度以上の脳症をきたし,プロトロンビン時間40% 以下を示すものとする.そのうちには発病後10日以内に脳症が発現する急性型とそれ以降に発現する亜急性型がある.
表4 肝性脳症の昏睡度分類 (第12回犬山シンポジウム) 昏睡度 精 神 症 状 参 考 事 項 I 睡眠-覚醒リズムの逆転
多幸気分,ときに抑うつ状態
だらしなく,気にとめない態度retrospectiveにしか判定できない場合が多い II 指南力 (時,場所) 障害,物を取り違える (confusion)
異常行動(例:お金をまく,化粧品をごみ箱に捨てるなど)
ときに傾眠状態(普通のよびかけで開眼し,会話ができる)
無礼な言動があったりするが,医師の指示に従う態度をみせる興奮状態がない
尿・便失禁がない
羽ばたき振戦ありIII しばしば興奮状態またはせん妄状態を伴い,反抗的態度をみせる
嗜眠傾向(ほとんど眠っている)
外的刺激で開眼しうるが,医師の指示に従わない,または従えない(簡単な命令には応じえる)羽ばたき振戦あり(患者の協力が得られる場合)
指南力は高度に障害IV 昏睡(完全な意識の消失)
痛み刺激に反応する刺激に対して払いのける動作,顔をしかめるなどがみられる V 深昏睡
痛み刺激にも全く反応しない
図 2 症例2の肝臓
肝臓は660 gと著明に萎縮する.肝細胞は広範に脱落と変性をきたし,リンパ球浸潤,出血,線維増生を伴う.偽小葉の形成はみられず,残存や再生と思われる小結節が散在する
表5 肝炎の劇症化を示唆する検査所見 (文献7より改変引用) 血液生化学検査 肝機能検査: AST・ALTの急激な低下,T-Bilの上昇,D/T-Bil比の低下,Albの低下,CHEの低下,T-Choの低下,NH3の上昇,尿素窒素の低下,血糖値の低下 血液凝固検査: 血小板減少
PT, HPT活性(%)の低下血漿遊離アミノ酸: Fischer比(BCAA/AAA)の低下,Metの上昇 その他: 動脈血中ケトン体比(アセト酢酸/β-ヒドロキシ酪酸)の低下
肝増殖因子(bHGF)の高値画像検査 肝萎縮,腹水,肝実質エコーの不均一化,脈管構造不明瞭化
5. 症例1と症例2の比較
病初期には,B型急性肝炎とHBVキャリアからの急性発症との鑑別が重要であるが,血液生化学検査では鑑別は難しい.血清AST・ALT値は,通常キャリアからの急性発症の方が初感染で発症した急性肝炎に比して低値のことが多い.しかし,HBVキャリアからの急性発症でも劇症化する症例もあり,その場合には急激なAST・ALT値の上昇を認める.血中HBVマーカーでは,HBs抗原は病初期には両者とも陽性であるが,初感染で発症したB型急性肝炎では経過とともにHBs抗原は消失するのに対し,HBVキャリアからの急性発症ではHBs抗原が消失する例は少ない.IgM-HBc抗体が両者の鑑別に有用で,HBVキャリアからの急性発症では陰性か軽度上昇の場合が多い.また,HBc抗体はHBVキャリアからの急性発症では高力価(血清200倍希釈で陽性) となるが,初感染で発症したB型急性肝炎では病初期に陽性となっても低力価(原血清でのみ陽性)のことが多い12).
文 献
1) 菅野剛史:臨床検査技術学 臨床化学II,pp. 110-114,医学書院,1995.
2) 菅野剛史:アイソザイムと蛋白分画 評価のポイント,pp. 4-8, MBC, 1995.
3) 深津俊明:AST (GOT), ALT (GPT). Medicina, 36増,283-286 (1999).
4) 日本消化器病学会 肝機能研究班:肝疾患における肝炎ウイルスマーカーの選択基準.日消誌,91, 1472-1480 (1994).
5) 坪田昭人,熊田博光:B型肝炎の意義と評価.臨床検査,43, 283-289 (1999).
6) 熊田博光,池田健次,他:B型慢性肝炎Q&A, pp. 96-135, 医薬ジャーナル社,2000.
7) 佐藤俊一,鈴木一幸,他:劇症肝炎―発症の疫学と診断.日内会誌,88, 626-631 (1999).
8) 中村俊之,森 真理子,他:各種肝疾患における血漿遊離分岐鎖アミノ酸/チロジンモル比(BTR)の酵素的測定法とその臨床的意義.臨床病理,37, 911-917 (1989).
9) 井上和明,与芝 真,他:急性肝不全患者における特殊組成アミノ酸投与による肝性脳症増悪の危険性.肝臓,36, 401-406 (1995).
10) 杉原潤一,石木佳英,他:劇症肝炎における肝移植適応のガイドライン(案).肝臓,37, 757-758 (1996).
11) 松波英寿,清水保延:激症肝炎に対する肝移植―移植医の立場から.日内会誌,90, 63-70 (2000).
12) 荒川泰行,田中直英,他:B型急性肝炎の臨床像,臨床経過.日本臨床,53 増,427-432 (1995).