Lab. Clin. Pract., 19(1) : 31-34 (2001)

最近の話題


医 療 情 報
Evidence-Based Diagnosis確立のための課題と展望

川崎医科大学検査診断学
石  田   博


I. 検査におけるEBM

Evidence-Based Medicine (EBM) は,概念自体は特に目新しいものではないにもかかわらず,診療行為の質の向上や標準化,あるいは生涯教育における知識のアップデートなどのスキル(技法)として,ここ数年来脚光を浴びている.EBMは,日常の診療において入手可能な最も妥当なEvidence(根拠)に患者の意向を組み入れながら,患者に最も良いと考えられる診断,治療の決断を行うもので,具体的には,系統的に収集された文献を批判的に吟味したうえで,最も真実に近いと考えられるEvidenceに基づいて臨床的な決断を行うプロセスである(表1).
診断や予後判定などに重要な情報を提供する検査は,EBMを実践するうえで主要なステップであるが,さまざまな新規検査が臨床の現場に導入され,その経費も総医療費の約 10% を占めるまでになったことで,診療プロセスの中でそれらの検査がどれだけの情報を与えるかを明示して欲しいとの要望が強くなった.特に,実施頻度が高い日常検査についてはその診断特性がどの程度のものであるのかを,感覚的ではなく具体的な数値として提供することによって,検査の関連書の多くが診断検査の羅列だけに終わっている状況を少しずつ改善していく必要がある.すなわち,検査と病態生理との関連だけでなく,臨床医が不確実性のつきまとう診療の中でその確実度を上げるのに有用なEvidenceを提供することが求められている.診断とは,病態が先にあるのではなく,症状や徴候を有する患者に検査情報を組み合わせて病態を確定していく過程であるからである.
診断特性についての論文は少なくないが,それぞれの研究デザインの違いなどにより結果が非常に異なることが多いため,臨床側にそれらの結果を提供する際には,系統的で妥当な枠組みの中で再評価し,総括してあるいはそのすべてを還元する必要がある.その系統的再評価 (systematic review: SR) は,診断過程における EBM の実践であることから Evidence-Based Diagnosis (EBD) あるいは Evidence-Based Laboratory Medicine (EBLM) として提唱されている1).いわゆるヘルステクノロジーアセスメントの一領域と言える.
EBMは,その理念が紹介されてからさまざまな誤解があり,また,その限界も指摘されている (表2).しかし,それらも徐々に理解され,すでに総論よりも本来の臨床におけるEBMの積極的な実践が求められている.検査医も日常の診療支援においてEBDの実践とそのスキルの修得が必要な状況となっている*1

表1 EBMのステップ
Step 1. 臨床で何が問題か? ―診療における問題点を質問の形に変える―
Step 2. 文献の検索 ―問題点を解決する情報を入手する―
Step 3. 文献(情報)の質とその重要性の評価 ―バイアスとばらつきは除かれているか―
Step 4. 情報の統合 ―Step 3 で評価された情報 (根拠) と臨床的経験や患者の意向を統合―
Step 5. 情報の妥当性の評価 ―目の前の患者に適応できるか―


表2 EBMの限界と誤解
限界
医療全般における問題
  1.  一貫性のある科学的根拠が少ない.
  2.  個々の患者のケアにEvidenceを当てはめることが,人種差や年齢,重症度などから難しい場合がある.
  3.  高度な(質の高い)医療を供給することが時間限られている.
EBM特有の問題
  1.  新しい手法の収得が必要である.
  2.  多忙な診療の中で時間と資源が限られている.
  3.  EBMが患者のアウトカムを向上させているというEvidenceが少ない.
誤解
  1.  EBMは医師の専門知見(Expertise)を無視するものである.
  2.  患者の好みや価値観を無視するものである.
  3. . 医療にクッキングブックを持ち込むものである.
  4.  単に費用軽減の方法である.
  5.  EBMは,臨床的な研究だけに限定されている
  6.  無作為化試験によるエビデンスがなければ,治療的なニヒリズムになるものである.
JAMC, 163, 837-841 (2000)より




II. 検査の系統的再評価を行う際の問題

Evidenceの確立は,治療における無作為化試験 (Randomised control trial: RCT) などエンドポイント(帰結)が求めやすいものが先行しており,診断検査における明確なEvidenceについてはまだまだ少ない.その原因として,診断特性におけるメタ分析といった方法や一次研究における質の問題などがあり,それらについて以下に述べる.

1. 情報の統合の妥当性

メタ分析は,効果や結果の一貫性(再現性)をみるための情報統計的な手法である.診断検査では治療などの一つの因子(発生率など)をみるメタ分析とは異なり,診断特性である感度,特異度といったトレードオフの関係,すなわち相互依存した二つのパラメーターを扱うことになり,それぞれを別個に統合しても均一性(homogeneity)が得られないことが多い.これらのばらつきが,もっぱらそのカットオフ値(判断値あるいは陽性基準)が異なることとランダムエラーによるとするのが fixed effect モデルであり,それに加えて患者スペクトラムの違いなど他の要素も考慮したものが random effect モデルである.それぞれのモデルに基づいて感度,特異度の診断特性を同時にまとめたサマリー ROC (receiver operating characteristics) 曲線を描き,その違いなどを比較した論文が一般的である.また,それぞれの研究の診断特性をオッズ比や effect size (判別力) としてまとめる方法もあるが,RCTのメタ分析がすでに受け入れられつつあるのに対して,未だに開発段階と言える状態であり,議論の多いところである.

2. 一次論文の質

また,SRに用いられる一次論文の質の問題が挙げられる.論文における患者選択や Gold standard(真の結果を与える検査)に関連する事項,集計法などの内的妥当性内容を批判的に吟味 (critical appraisal) するが*2,一般的には,方法論的に満足する論文はほとんどない2).この不完全さが診断特性のばらつきにつながっているため,研究デザイン的に異なるものを分けて評価するなどの工夫がなされるが,観点がいくつにも分かれるうえ,詳細が不明であることも多く,それぞれに層別化できるほどの論文数がないことや質の低い論文の結果をEvidenceとはしにくいなどクリティカルな問題となるものである.



3. 出版バイアス

ネガティブな結果の論文は採択されにくいといった出版バイアスも大きな問題である.RCTなどのSRにおいては言及されることが多いが,診断検査のSRでは,本バイアスがより問題になると考えられるにもかかわらず3),きちんと取り扱った論文はまだ見ないようである.RCTなどにおいては,IRB(施設内臨床研究審査委員会)などへの登録がなされたりするが,診断検査の場合には日常診療のデータが用いられることが多く,出版されたもの以外の研究を見いだすことはまず不可能である.登録制度の試みも多くは成功しておらず4),今後の大きな課題となっている.

4. Evidenceの普遍性

EBMの大きな問題として,人種の異なる,あ るいは重症度などが異なる集団から得られたEvidenceを眼の前の患者に当てはめることができるかといった普遍性の問題がある.例えば,冠動脈疾患では French paradox や Japanese paradox*3 と呼ばれる発症率の低さが特筆されてきた.さらに日本人の冠動脈疾患では,高血圧や糖尿病などに比べ,高脂血症はそれほど大きな影響を与えていないといった結果から5),その対策は,アメリカとは異なったアプローチが必要とも言われる.すなわち,眼前の患者と同じような集団についてのEvidenceが必要ということであり,そのためには,日本での質の高い一次研究や自施設あるいは類似の医療機関での多症例からのfactを蓄積するが重要である.その基盤として日常の検査データを蓄積し,他の症状や徴候と言った診療情報と診断情報などと併せて二次利用できるシステムの構築が必要である.さらには,多施設で共有するために検査の標準化とともに,共通フォーマットの作成,または登録システムなどの構築が望まれる.


III. EBDの本来のアウトカム (帰結) は?

本来,EBMは患者のアウトカムをよくするために行われるものであり,診療行為のRCTでは,生命予後の延長,望ましくないイベントの発生率低下などをエンドポイントとしてその評価が行われる.高脂血症と冠動脈疾患のように予後や治療効果についてのEvidenceが確立してきたものも多い.これらのEvidenceにより高脂血症のガイドラインが作成され,総コレステロール値やLDLコレステロール値などの高脂血症の管理基準が作成されている6). また,CRPの軽度の上昇が冠動脈疾患や脳卒中などの危険因子となっていることも最近の知見となっており,少量のアスピリンの投与などによってそれらハイリスクグループのその予後が変わりうるかどうかのEvidenceが作られつつある.この軽度なCRPの上昇を見るために高感度CRPの臨床応用がなされてきている7)
しかし,一般的な診断検査においては,患者のアウトカムの改善に結びついているといったEvidenceがないものも多い.例えば,前立腺特異抗原(PSA)などの前立腺ガンのスクリーニングは,早期癌を見いだす感度は高いとされるが,前立腺ガン全体のアウトカムが向上したとの確固たるEvidenceはまだ得られていない8).このように有用な診断検査とは診断特性が高いことで患者のアウトカムが良くなることが証明されて初 めて真に有用な検査と言えるが,その直接の Evidenceを得ることは難しい場合には,医学判断学などの手法を用いて治療を含むシミュレーションを行い,診断検査の有用性を推定することが多いのが現状である.

IV. EBDにおける今後の展望

国際的には Cochrane Library などEBMに関するデータベース(DARE)が作られ,診断検査についてのEvidenceの蓄積もなされつつあるが,まだまだ少ない.一方,EBDの領域でも International Federation of Clinical Chemistry (IFCC) やMEDIONなどがEvidenceの蓄積を行っている9).将来的にこれらが充実すれば,臨床医はとりあえずEvidenceを得ることが可能となり,非常に有用なリソースとなると考えられる.これらの診断検査のEvidenceを充実させるために,まず,SRを行いその時点でのEvidenceの明らかにするともに,Evidenceがなく一次研究が必要な部分を明確にしていくことに日本の検査医が積極的に参画していくことが必要と考える.
EBMが人口に膾炙するようになった一方で,「テイラーメイド医療」という言葉が盛んに使われている.この対比は,集団と個という意味で重要である.すなわち,EBMは臨床疫学に情報技術と医学判断が加えられたもので,集団での統計分析を用いることが多いのに対して,後者は,個々の患者に対して遺伝情報などからそれぞれ適切な診断や治療の判断を行っていくことである.その中では従来の大きな集団とは異なったアプローチが必要であるが,同じ遺伝子をもつ患者でもその他の因子のバリアンスから非常にこまかく細分化されたグループとしてEBMを実践することが可能と考えられる.
最後に,検査におけるSRを行う場合には,検査そのものの測定特性 (analytical performance) や検体の取り扱いなどピットフォール(落とし穴)になるような事柄について熟知している検査医がその中で重要な役割を果たすべきであり,他の専門医が行っている診療ガイドライン作成作業に検査専門医として積極的に参画すべきである.

文  献

1) 河合 忠:検査項目の再評価:臨床的側面からの分析.臨床検査,42, 1609-1614 (1998).
2) Reid, M. C., et al.: Use of methodological stan-dards in diagnostic test research. JAMA, 274, 645-651 (1995).
3) Irwig, L. et al.: Meta-analytic methods of diagnostic test accuracy. J. Clin. Epidemiol., 48, 119-130 (1995).
4) Hethrington, J., et al.: Retrospective and prospective identification of unpublished controlled trials: Lessons from a survey of obstetricians and pediatricians. Pediatrics, 84, 374-380 (1989).
5) Yasue, H., et al.: Effect of aspirin and trapidil on cardiovascular events after myocardial infarction. Japanese Antiplatelets Myocardial Infarction Study (JAMIS) Investigation. Am. J. Cardiol., 83, 1308-1313 (1999).
6) 日本動脈硬化学会高脂血症診療ガイドライン検討委員会:高脂血症診療ガイドラインI.動脈硬化,25, 1-34 (1997).
7) Rifai, N. and Ridker, P. M.: Proposed cardiovascular risk assessment algorithm using high-sensitivity c-reactive protein and lipid screening. Clin. Chem. 47, 28-30 (2001).
8) Prostate Cancer in Guide to Clinical Preventive Services 2nd ed.: Report of the U. S. Preventive Services Task Force, pp. 119-134, IMP (Alexandria, Virginia), 1996.
9) http://www.cochrane.org/newslett/mg4-4.htm