Lab. Clin. Pract., 19(1) : 22-24 (2001)最近の話題
生 理
血管内皮機能の評価法広島大学医学部臨床検査医学
大 島 哲 也・神 辺 眞 之
広島大学医学部第一内科
東 幸 仁
は じ め に
血管内皮は種々の血管作動物質を放出し,血管平滑筋緊張を調節するほか,細胞接着や血小板の粘着,凝集を抑制し血管保護作用を示す.これらの内皮機能の異常は,高脂血症,喫煙,糖尿病,閉経などで認められ,動脈硬化性血管病変の端緒であると考えられている.そのため,血管内皮機能を臨床的に評価することは重要で,評価法の確立は我々臨床検査医には急務である.本稿では,血管内皮機能の評価法および高血圧での検討について紹介する.
ヒト血管内皮機能の評価法
血管内皮細胞は shear stress やアゴニスト刺激により,種々の血管拡張物質や収縮物質を産生,放出し血管抵抗を調節している.血管内皮機能の評価法を表1にまとめた.第一に内皮からの分泌物質の血中濃度の測定が挙げられる.しかし,NOやPGI2の分解,代謝は非常に速く血中での正確な測定は不可能である.また,これらの代謝産物の血中動態にも不明の部分が多い.第二の内皮傷害を反映する血中物質の測定も行われるが,特異性が低く,臨床的意義も解明されていない.いずれにしても採血による内皮機能評価は非常に困難である.
そのため一般に血管内皮機能としてよく用いるのは,血管内皮刺激による血管拡張反応性を評価する方法である.血管内皮刺激法としてはアセチルコリン(Ach),ブラジキニン(BK)などの受容体作動性のアゴニストやNO前駆体のL-アルギニン(Arg)などの血管内投与のほか,四肢の虚血後反応性充血による方法が用いられる.特に反応性充血は非観血的で操作が簡単なため,今後ルーチンの臨床検査に発展する可能性が高い.我々は280 mmHg, 5分間の血流遮断後の前腕血流量を測定している.
血管拡張反応は,血流量か血管径の変化により評価する.前者には,血管内ドプラーによる観血的方法と四肢のストレインゲージ式プレシスモグラフィーによる非観血的方法がある.腎血流量なら採血のみで容易にPAHクリアランス法で評価できる.血管径を超音波で測定する方法も簡易であるが,日差変動が大きく再現性が良好とは言いがたい.
内皮刺激時の血管反応は,内皮機能のみならず血管平滑筋の拡張機能にも規定されるため,内皮機能に依存しない血管拡張反応も評価する必要がある.一般的には NO donor であるニトログリセリン(NTG)やソディウムニトロプルシッド(SNP),硝酸イソソルビド(ISDN)の投与時の反応性を,内皮非依存性反応として用いる.
表1. ヒトにおける血管内皮機能評価法 1. 内皮由来血管拡張物質もしくはその代謝産物の血中濃度測定
NO, NOx, PGI2, cAMP, cGMP2. 内皮傷害を反映する血中物質の濃度測定
ICAM, VCAM, von Willebrand因子,トロンボモジュリン3. 内皮刺激(shear stress 増加,アゴニスト,L-Arg投与など)による血管反応性の測定 1) 血流量測定 ・四肢プレシスモグラフィー
・ドプラー
・PAHクリアランスによる腎血流量2) 血管径測定 ・超音波
高血圧患者における腎血管内皮機能
L-Arg点滴静注(500 mg/kg for 30分間)時の腎血流量および血中c-GMP濃度の増加は本態性高血圧症患者で健常人に比し有意に低下し,腎血管内皮機能の低下が示唆される.L-Arg静注時の腎血流量変化率を目的変数として多変量解析を行うと,平均血圧と年齢が有意な負の相関を示し,加齢と高血圧は独立して腎血管内皮機能を減弱させると考えられる.
腎血管内皮機能異常が高血圧の原因か,結果かを明らかにするため,降圧薬投与により内皮依存性腎血管拡張反応がどう変化するか検討した2).本態性高血圧を2群に分け,Ca拮抗薬amlodipineもしくはACE阻害薬imidaprilを12週間投与した.血圧低下と腎血流量増加は両群で同程度であった.しかし,L-Arg点滴静注時の腎血流量増加や尿中NOxやc-GMP排泄量増加率がamlodipineでは不変だったが,imidaprilにより有意に増強した.すなわち,内皮依存性腎血管拡張反応はCa拮抗薬では変化しないがACE阻害薬で改善される.これはNO合成の亢進による.ACE阻害薬の内皮機能改善作用は,数多く報告され内皮細胞のアゴニストであるBKの血中濃度増加により説明される.一方,Ca拮抗薬では内皮機能が変化せず,血圧値上昇は内皮機能異常の原因として否定的である.
L-Arg静注時の腎血流量変化が腎血管内皮機能を100% 反映しているかについては,いくつか問題点がある.まず第一にL-Arg全身投与により血圧,心拍数が変化し,二次的に局所血流が修飾される可能性がある.第二にL-Argなどアミノ酸自体に非特異的な血管拡張作用がある.光学異性体のD-Arg静注により,尿中NOx排泄量は不変だが,L-Argの約1/3の腎血流量増加作用を示すので,L-Argの作用の一部は血管内皮非依存性である.
高血圧患者における前腕血管内皮機能
観血的評価法として,前腕動脈内にAch注入時の血流量変化を内皮依存性,ISDN注入時の血流量変化を内皮非依存性の血管拡張反応とする3).非観血的方法として,虚血後反応性充血による前腕血流量変化を内皮依存性,NTG舌下投与時の血流変化を内皮非依存性の血管拡張反応とする4).
本態性高血圧症の内皮機能異常が前腕血管にも存在するか健常人と比較検討した.観血的方法では,Ach動注時の前腕血流量増加が高血圧では有意に減弱していたが,ISDN動注時の血管拡張は差がなかった.非観血的方法でも,反応性充血時の前腕血流量増加が高血圧群では低下していたが,NTG舌下投与時の反応は差がなかった.いずれの評価法でも,本態性高血圧症では前腕動脈の内皮非依存性血管拡張反応は保持されているが,内皮依存性血管拡張反応は障害されていた.NO合成阻害薬NG-monomethyl-L-Arg (L-NMMA) を前投与しておくと,Ach動注時や反応性充血時の血流増加の低下が消失し,NO合成能の低下が本態性高血圧症の血管内皮機能異常の機序として考えられる.
また,各種降圧薬の前腕血管内皮に及ぼす影響を比較検討した5).虚血後反応性充血時の前腕血流量変化はCa拮抗薬,利尿薬,β遮断薬の患者は,未治療患者と同程度だが,ACE阻害薬の患者は有意に増強し,ACE阻害薬の内皮機能改善作用は,腎動脈のみならず前腕動脈においても認められる.また,他の降圧薬では反応性充血時の血流反応は影響されず,血圧値の変動による内皮機能変化は否定的である.
高血圧の非薬物療法,すなわち生活習慣改善の血管内皮機能に及ぼす影響も研究した.第一に,等張性有酸素運動の効果を,運動習慣のない未治療本態性高血圧症患者を12週間の運動療法群(最大酸素消費量の50% 程度の早足歩行30分間を週に5〜7回)とコントロール群に分け検討した3), 4).運動療法により,血圧と血中LDLコレステロールは低下した.Ach動注や反応性充血時の前腕血流増加が有意に増強したが,ISDN動注やNTG舌下時の反応は不変であった.運動療法による内皮依存性血管拡張の改善作用はL-NMMAにより消失し,NO産生増加によると考えられる.ただし,運動療法前後でのAch前腕血流増加反応の差は,血中LDLコレステロール低下度と有意な相関を示し,脂質代謝の影響が大きいと考えられる.
第二に低カロリー食による減量の効果を明らかにするため,肥満を伴う高血圧患者に1週間の標準食 (2,400 kcal) に引き続き,2週間の低カロリー食 (800 kcal) を投与した.2週間で体重(77.5±15.0→73.2±13.5 kg),平均血圧(119±13→106±8 mmHg)とインスリン感受性は有意に低下した.ISDN動注時の血流増加反応は不変だが,Ach動注時の血流増加は増強し,減量による内皮機能改善が明らかになった.
ま と め
L-Arg静注時の腎血流量増加,Ach動注時もしくは虚血後反応性充血時の前腕血流量増加を,内皮依存性血管拡張の評価法として確立した.いずれも,本態性高血圧症のNO産生低下による血管内皮機能障害を明らかにした.また,降圧治療ではACE阻害薬,非薬物療法では有酸素運動や低カロリー食による減量が,内皮依存性血管拡張の改善に有効である.
動脈硬化はかなり進行しないと症状が出現しない,血管造影は侵襲的で,無症状者のルーチン検査としては不適である.その点,血管内皮機能障害は動脈硬化の端緒で,早期発見は臨床的にも重要で,治療法の選択にも有意義である.反応性充血時の前腕血流量増加を測定する方法が非観血的な,今後有望な臨床検査として期待される.そのために,方法の標準化と基準範囲の設定が必要であり,その確立に務めたい.
謝 辞 我々の一連の研究は科学研究費補助金(08457639および11470518),日本心臓財団「高血圧と血管代謝」助成金,総合健康推進財団研究助成金による.
文 献
1) Higashi, Y., Oshima, T., Ozono, R., et al.: Aging and severity of hypertension attenuate endothelium-dependent renal vascular relaxation in humans. Hypertension, 30, 252-258 (1997).
2) Higashi, Y., Oshima, T. Sasaki, S., et al.: Angiotensin-converting enzyme inhibition, but not calcium antagonism, improves a response of the renal vasculature to L-arginine in patients with essential hypertension. Hypertension, 32, 16-24 (1998).
3) Higashi, Y., Sasaki, S., Kurisu, S., et al.: Regular aerobic exercise augments endothelium dependent vascular relaxation in normotensive as well as hypertensive subjects. Circulation, 100, 1194-1202 (1999).
4) Higashi, Y., Sasaki, S., Sasaki, N., et al.: Daily aerobic exercise improves reactive hyperemia in patients with essential hypertension. Hypertension, 33, 591-597 (1999).
5) Higashi, Y., Sasaki, S., Nakagawa, K., et al.: A comparison of calcium antagonists, angiotensin-converting enzyme inhibitors, beta-blockers, and divretic agents on reactive hyperemia in patients with essential hypertension: A muticenter study. J. Am. Coll. Cardiol., 35, 284-291 (2000).