Lab. Clin. Pract., 19(1) : 18-21 (2001)

最近の話題


微 生 物
地理情報システムGISの感染症領域への応用

国立感染症研究所・昆虫医科学部
二瓶直子・小林睦生


1. はじめに

大規模で複合的な自然・人文環境の変化に伴って,感染症の疾病像はより広域で複雑に変化しつつある.旧大陸に分布していたウェストナイル脳炎は1999年8月に米国,ニューヨーク市で確認された.また熱帯・亜熱帯に分布する疾病媒介蚊が寒冷地へ移動・拡散していることが注目されている.さらに日本に限ってみても北海道だけが浸淫地であったエキノコックス症が,2000年ついに青森県の飼養豚に発見された.一方,マラリア,住血吸虫症,オンコセルカ症,デング熱・デング出血熱をはじめ媒介動物や中間宿主を必要とする重篤な疾患の浸淫地は,経済的に不安定で貧困な地域あるいは,地震・火山噴火・気象などの災害に対応できない地域に多く,地図や空中写真,疾病統計は少なく,たとえあっても入手しにくく,現地調査が極めて危険かつ困難な場合が多い.
このように目に見えない病原微生物によってひき起こされる新興・再興感染症の恐怖は予期せぬ地域に拡大しており,分布をいかに迅速・的確に把握し,疫学的な解析をし,治療予防対策を構築するかは各国の疾病防圧対策上重要な課題である.その解決の手段として近年ではここで述べる人工衛星を使った新しいシステムなどが模索され始めている1)〜3)

2. GIS/RS/GPSの基礎的概念

1) 地理情報システム (Geographic Information System, GIS)

GIS とは, 地理的位置や空間に関する情報をもった自然,社会,経済などのデータを収集し,コンピューター上で統合的に処理して分析し,その結果をデジタル化,検索,解析評価,視覚化などの技術で総合化した情報処理体系である.感染症あるいは医療部門では各種の主題図を作成しそれらを重ね合わせて,患者の空間的配置,医療圏や病因分析にも応用できる.国際医療分野では,コンピューターの普及に伴って多国間でデータの標準化,国際機関との連携・交流の積極的推進,GISソフトの高度化により,少数の専門家の指示による広域のデータ収集と管理が容易になった.

2) リモートセンシング (Remote Sensing,RS) と GPS (Global Positioning System)

人工衛星や航空機などに搭載している観測機(センサ)を使い,地球表面に直接手を触れずに離れたところから物体を識別したり,その状態・性質を観測・分析する技術をリモートセンシングRSと言う.RSは地球規模の環境変動また自然環境・天気予報や気象現象の解析,軍事目的その他多岐にわたって使われており,人類の社会生活においてもはや必要不可欠の技術となっている.このうち空中写真については,疫学での利用の歴史が古く日本住血吸虫症やオンコセルカ症の解析にすでに用いられてきた.
人工衛星は1972年のアメリカのLANDSAT衛星打ち上げ後,METEOSAT, NOAA, SPOT などの衛星が各国で次々と打ち上げられた.それぞれの衛星によって解像度,撮影高度,撮影間隔,波長帯および波長帯数など特徴があり,目的に呼応する条件の良い画像を選び,一般のあるいは専門の画像ソフトで解析することが容易になった.それに映し出されている事物の大きさ,形,陰影,色,模様,位置などの要素と撮影時間,季節,画像の種類,縮尺などから,画像判読を行っている.
単調な景観で地図上に目標物のない地域での疫学調査においては,調査地点の位置確定のため経緯度を測定する必要がある.人工衛星を使い経緯度を測定し位置を決定する技術が現在カーナビで用いられているようなGPSである.その時間や場所で観測に利用できる衛星数によってGPSの精度は異なるが,より精度をあげるための技術,ディファレンシャルGPSがマラリア媒介蚊調査などに用いられている.また位置情報を測定しながらGISのデータを入力し,パソコン解析を容易にするシステムも開発されている.

3. GISの感染症への応用

1) ウェストナイル脳炎のニューヨーク市周辺での発生要因の解析

ウェストナイルウイルスWNVは日本脳炎群ウイルスの一つで,1937年ウガンダ,ウェストナイル郡で分離されて以後,アフリカ,ヨーロッパ,中東等旧世界で広域に分布している.1999年夏突如ニューヨーク市で患者の発生が確認されて以来,周辺の州で,ヒト,動物園や野生の鳥特にカラス,ほかに馬からもウイルスが検出され,媒介蚊の調査も実施されている.それら2000年の疫学調査結果は図1のように迅速に図化され,WNVが野生の鳥類のみから検出された地域ではなく,馬や媒介蚊からも検出された地域で患者が発生していることが理解できる4).しかし北米・東海岸地域への感染経路は未だ不明であり,今後さらに疾病発生要因の解析や防疫対策の一環としての流行予測にも,GISの展開が期待される.

2) 日本住血吸虫症の危険地域の解析と監視体制

甲府盆地が日本住血吸虫症の浸淫地であった1975年当時,二瓶ら (1990)5) はミヤイリガイの生息密度,地下水位,地形,土壌,土地利用,水田率などの地理的条件を図化して,住血吸虫症の危険地域を指摘した(図2).2001年現在,この危険地域でミヤイリガイが高密度に生息していることから,その地域を対象にGPSでミヤイリガイの観測定点の経緯度を測定しその地点の地理情報を同時に記録して,GISによるミヤイリガイの監視体制の確立を開始している.

3) 北海道のエキノコックス症の拡散

エキノコックス症は日本に常在する“新興・再興感染症”に指定された重要な寄生虫疾患で,キタキツネなどが終宿主となりそれらが排出する虫卵が感染源となっている.1992年以前は感染動物が13市町村に限られていた(図36) が,1993年には北海道の全市町村の約 90% が浸淫地となった.現在ではキタキツネの感染率は 60% 以上に達している地域もある.林地の畑地化,交通網の整備,酪農などの産業廃棄物・家庭ごみの不適切な処理,都市化,観光地化など人為的環境変化によるキタキツネの分布拡大とともに,エキノコックス症浸淫地が拡大したと考えられ,GISでの解析に疫学調査上大きな期待が寄せられている.キタキツネの主要な餌であるエゾヤチネズミが好んで食する植生の分布,気候要因特に人為的気候改変との関係もRSで検討している.またキタキツネのペット化や青函トンネル通過による東北地方への侵入,猟犬や飼い犬の感染と特に本州などへの移入,その後の動物からヒトへの感染拡大が憂慮される.道内での地理的モニタリングと拡散過程の空間分析,東日本の屠畜場を中心とする家畜による拡散監視体制とその管理に,GISの導入の準備を開始した.


図1 ウェストナイル脳炎ウイルスの分布


図2 日本住血吸虫症からみた甲府盆地の医学地理的区分図


図3 北海道のエキノコックス浸淫地の拡大


4. おわりに

今回は紙面の都合で衛星画像を掲載できなかったが,アフリカの睡眠病,マラリア7)をはじめとする節足動物媒介疾患について,気象衛星から,降水量,気温,植生指数 (Vegetation Index) を読み,実際の感染率・分布などの医療・衛生統計のデータを対照し,疾患の危険率・危険地域の予測をし,現状や将来について検討した報告がある.このように地球規模の環境変化の中で感染症分布と拡散状況,疾患の発生状況を,迅速,的確,簡便に把握するため,WHOはじめ医療行政分野でも地理情報を収集し GIS, GPS, RS を解析手段として導入しつつある.しかし一方でこの革命的システムは,より詳細な情報の収集の過程で,その公開と個人情報の守秘の狭間で,日本では多くの困難に直面している.しかしGISは個人を特定せずに疾病の流行状況を解析する優れた手段である.これらの手法は疾病流行の事後を説明する手法であることは言うまでもないが,それ以上に将来の対策立案が大きな目的である.諸外国においてはGISにかかわる取り組みが本格的に進んでいるだけに我が国でも基盤整備を早急に図る必要がある.

文  献

1) 二瓶直子・小林睦生:地理情報システムを利用した感染症分析の解析. 感染症, 30, 129-140 (2000).
2) 二瓶直子:国際寄生虫戦略と地理学との関わり―21世紀への展望. 地学雑誌, 108, 193-196 (1999).
3) Hay, S. I., Snow, R. W., and Rogers, D. J.: From predicting mosquito habitat to malaria seasons using remotely sensed data: practice, problems and perspectives. Parasitology Today, 14, 306-313 (1998).
4) UNAD: West Nile Virus in USA, 2000 (2000).
5) 籾山政子・二瓶直子:風土と疾病/気候と疾病.現代病理学体系 10B, pp. 185-209, 中山書店,1990.
6) 二瓶直子・金澤 保:エキノコックス症―最近の話題.Current Concepts in Infectious Diseases, 16, 18-19 (1997).
7) MARA: Towards an Atlas of Malaria Risk in Africa, 30 pp., 1998.