Lab. Clin. Pract., 19(1) : 14-17 (2001)

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生 化 学
環境ホルモンとその測定法

国立環境研究所地域環境研究グループ
森 田 昌 敏


1. 内分泌撹乱化学物質群

ある種の化学物質が内分泌系に作用して生殖への悪影響を及ぼしていることに関しては,野生生物の世界ではかなり古くから指摘されてきた.1960年代までに多用されたDDTによって,はげわしの卵殻がうすくなり,ふ化率が低下したというのはそのような例である.その後,この種の知見が集積している.
発生している異常現象は多岐にまたがっており,ある場合にはメス化であり,ある場合はオス化であり,ある場合は神経系への影響であり,ある場合は免疫システムへの影響である.これらを共通メカニズムの上で結びつける概念として内分泌系の撹乱というもので証明しようとする試み,これが内分泌撹乱化学物質,すなわち環境ホルモンの研究ということになる.因果関係の一部は実証的なレベルがあるが,一部は研究仮説の段階にとどまっているものがあるのが現状である.そしてそのメカニズムは極めて複雑なものを含有している.
単純化されたメカニズムは次のようなものである.ホルモンはそれと選択的に結合するリセプターと結びついて,細胞内でタンパク質合成のスイッチを入れて関連する物質の合成を行い,それによって生体系を維持しているが,このリセプターに外からきた化学物質が結合して,ある場合には,ホルモンと同様に作用してスイッチをonにしてしまう(アゴニスト),あるいは本物のホルモンが結びついて作用するのをブロックしてしまう(アンタゴニスト)というものである.なお,このほかに,ホルモンの代謝酵素を誘導あるいは阻害することを通じて体内ホルモン濃度を変化させてしまう場合など多様な撹乱のケースが考えられるのである.
内分泌撹乱をひき起こす化学物質の種類は多数になると予想される.この中には作用の強いものから弱いものまでさまざまなものが含まれており,またそれらの環境放出量もさまざまと思われる.魚のメス化は,都市化と関連して河川や閉鎖性の海域で見られる現象となりつつあり,また一部地域においてカエルの奇形などがみられている.多量生産・使用される界面活性剤や工業化学品,農薬とその不純物,家庭などに広がる各種抗菌剤の使用など,化学物質の使用が広がる中で今後の課題が少なくない.
WWFのホームページにリストにされていた物質群としては67種類があり,環境庁はこれらについて調査を開始することを始めている.が,今後リストの追加や入れ替えも必要となってこよう(表1).

表1 内分泌撹乱作用を有すると疑われる化学物質の用途の分析法

物質名 用途 分析法
1 ダイオキシン類 (非意図的生成物) 高分解能GC/MS
2ポリ塩化ビフェニール類(PCB)熱媒体,ノンカーボン紙,電気製品GC/ECD, GC/MS
3ポリ臭化ビフェニール類(PBB)難燃剤GC/ECD, GC/MS
4ヘキサクロロベンゼン(HCB)殺菌剤,有機合成原料GC/ECD, GC/MS
5ペンタクロロフェノール(PCP)防腐剤,除草剤,殺菌剤GC/ECD, GC/MS, HPLC
62, 4, 5-トリクロロフェノキシ酢酸除草剤GC/ECD, GC/MS, HPLC
72, 4-ジクロロフェノキシ酢酸除草剤GC/ECD, GC/MS, HPLC
8アミトロール除草剤,分散染料,樹脂の硬化剤HPLC, GC/MS, LC/MS
9アトラジン除草剤GC/MS, LC/MS
10アラクロール除草剤GC/MS, HPLC, LC/MS
11シマジン除草剤GC/MS, LC/MS
12ヘキサクロロシクロヘキサン,
エチルパラチオン
殺虫剤GC/ECD, GC/MS, GC/FPD
13カルバリル殺虫剤GC/MS
14クロルデン殺虫剤GC/ECD, GC/MS
15オキシクロルデンクロルデンの代謝物GC/ECD, GC/MS
16trans-ノナクロル殺虫剤GC/ECD, GC/MS
171, 2-ジブロモ-3-クロロプロパン殺虫剤GC/ECD, GC/MS
18DDT殺虫剤GC/ECD, GC/MS
19DDE and DDD殺虫剤(DDTの代謝物)GC/ECD, GC/MS
20ケルセン殺ダニ剤GC/ECD, GC/MS
21アルドリン殺虫剤GC/ECD, GC/MS
22エンドリン殺虫剤GC/ECD, GC/MS
23ディルドリン殺虫剤GC/ECD, GC/MS
24エンドスルファン(ベンゾエピン)殺虫剤GC/ECD, GC/MS
25ヘプタクロル殺虫剤GC/ECD, GC/MS
26ヘプタクロルエポキサイドヘプタクロルの代謝物GC/ECD, GC/MS
27マラチオン殺虫剤GC/FPD
28メソミル殺虫剤GC/MS, GC/FPD
29メトキシクロル殺虫剤GC/MS, GC/ECD
30マイレックス殺虫剤GC/MS, GC/ECD
31ニトロフェン除草剤GC/MS, GC/ECD
32トキサフェン殺虫剤GC/MS, GC/ECD
33トリブチルスズ船底塗料,漁網の防腐剤GC/FPD, GC/AED, GC/MS
34トリフェニルスズ船底塗料,漁網の防腐剤GC/FPD, GC/AED, GC/MS
35トリフルラリン除草剤GC/MS, GC/ECD, HPLC
36アルキルフェノール(C5からC9)界面活性剤の原料/分解生成物HPLC, GC/MS, LC/MS
 ノニルフェノール界面活性剤の原料/分解生成物 
 4-オクチルフェノール  
37ビスフェノールA樹脂の原料HPLC, GC/MS
38フタル酸ジ-2-エチルヘキシルプラスチックの可塑剤GC/MS
39フタル酸ブチルベンジルプラスチックの可塑剤GC/MS
40フタル酸ジ-n-ブチルプラスチックの可塑剤GC/MS
41フタル酸ジシクロヘキシルプラスチックの可塑剤GC/MS
42フタル酸ジエチルプラスチックの可塑剤GC/MS
43ベンゾ[a]ピレン(非意図的生成物)HPLC, GC/MS
442, 4-ジクロロフェノール染料中間体GC/MS, HPLC, GC/ECD
45アジピン酸ジ-2-エチルヘキシルプラスチックの可塑剤GC/MS
46ベンゾフェノン医療品合成原料,保香剤等GC/MS
474-ニトロトルエン2, 4ジニトロトルエンなどの中間体GC/MS
48オクタクロロスチレン(有機塩素系化合物の副生成物)GC/MS, GC/ECD
49アルディカーブ殺虫剤GC/FPD, GC/MS
50ベノミル殺菌剤HPLC, LC/MS
51キーポン(クロルデコン)殺虫剤GC/ECD, GC/MS
52マンゼブ(マンコゼブ)殺菌剤LC/MS(分析困難)
53マンネブ殺菌剤LC/MS(分析困難)
54メチラム殺菌剤LC/MS(分析困難)
55メトリブジン除草剤GC/MS, GC/FPD, HPLC, LC/MS
56シペルメトリン殺虫剤GC/MS
57エスフェンバレレート殺虫剤GC/MS
58フェンバレレート殺虫剤GC/MS
59ペルメトリン殺虫剤GC/MS
60ビンクロゾリン殺菌剤HPLC, LC/MS
61ジネブ殺菌剤LC/MS
62ジラム殺菌剤LC/MS
63フタル酸ジペンチル GC/MS
64フタル酸ジヘキシル GC/MS
65フタル酸ジプロピル GC/MS
66スチルレンの2および3量体スチレン樹脂の未反応物GC/MS
67n-ブチルベンゼン合成中間体,液晶製造用GC/MS


2. 環境ホルモンの分析試験法

環境ホルモンの検査法は大別して(1)化学分析法と(2)生物検定法にわかれる.一般的に化学分析法は,化学物質そのものを測定するものであり,精度は高いものの検査に大型の分析機器を使用したりするためコストが高いという点が指摘される.また一方,生物検定法は化学物質またはその影響を生物現象を利用して測定するもので精度は低いもののしばしば簡便・安価であり,また影響を直接観察している利点がある.

(1) 化学分析法

主要な環境ホルモンの化学分析法は次のようにまとめることができる.
ガスクロマトグラフ質量分析法
直接分析―ダイオキシン,有機塩素系農薬,PCB, 有機リン系農薬,スチレンダイマー,フタル酸エステル,その他多くの揮発性物質
誘導体化後分析―揮発性に乏しい物質
や極性の高い物質を揮発性のある物質に変換した後に分析する方法.例えばビスフェノールA,ノニルフェノール,植物エストロゲンなど
なお,ダイオキシンなど,超微量の分析には分解能の高い高分解能質量分析法が用いられる.
液体クロマトグラフ質量分析法
揮発性に乏しい物質の分析.まだ応用例は比較的少ない.
液体クロマトグラフ蛍光検出法
多環系芳香族化合物などの分析
ICP質量分析法
重金属類の分析
もちろん生体試料中の環境ホルモンの分析にあたっては前処理によって妨害成分を除くことが必要である.
血液中のダイオキシンは最も困難な分析の一つである.50 mL 程度の血液中に含有される2, 3, 7, 8-TCDDは 200 fg (フェムトグラム : 10-15g)程度であり,これを検出するためには,アルカリによるタンパク質/脂質の分解除去後,有機溶媒による抽出,硫酸分配,シリカゲルカラムクロマトグラフ,活性炭カラムクロマトグラフなどのクリーンアップを経て,ガスクロマトグラフ高分解能質量分析法で分析される.
他の環境ホルモン類の分析にこのような極端な高感度は必要ではないが,抽出時の回収率とか分離精製技術の面で,技が必要であることが少なくない.

(2) 生物検定法

生物検定法の代表的な方法はELISAで代表される免疫測定法である.現在ホルモンなどの検査や一部の農薬類の検査に実用化されつつある.感度が比較的良い(10 pg 程度が検出下限)ことから,良い抗体が得られれば有力な方法となりうる.現在ビスフェノールAや農薬の一部についてモノクローナル抗体が作られている.
もう一つの生物検定で重要となっているのは作用の検定であり,特に化学物質の評価のうえで重要となっている.ここでは,in vitroおよびin vivoの検定法が用いられる.市場に出回っている数万種類の物質について,その内分泌撹乱作用をチェックしようとするとき,まず最初に in vitroの手法でプリスクリーニングにかけ,陽性物質を順次より時間とコストのかかるin vivoの手法にまわして評価することが必要と思われる.in vitroの例では,リセプター競合結合試験や乳ガン細胞MCF-7の増殖試験が代表的である.またin vivoの例では,卵巣摘出マウスに投与して子宮重量の増大を観測するエストロゲン作用試験や,妊娠した母ラットに投与し,仔ラットが成熟後,前立腺重量,精巣の病理像や精子生産能を測定してアンドロゲン作用を検出するHershberger試験が代表的なものである.また,甲状腺ホルモン作用の検出にはカエルの変態を指標とする方法(オタマジャクシからカエルになるのに甲状腺ホルモンが用いられている)がある.また,2世代繁殖試験や神経行動毒性試験も特定のエンドポイントに対し重要である.
環境ホルモンは,その作用の意味が複雑であり,また関与するかもしれない化学物質の数も多いことから,その検査法は多種にまたがり複雑なものとなっている.