Lab. Clin. Pract., 19(2) : 114-116 (2001)

臨床検査医会振興会セミナー


21世紀の臨床検査を考える
検査運営の立場から

香川県立中央病院検査科
桑  島   実


は じ め に

検査室運営の将来については,ここ10年余り,先行き不透明なまま危機感だけが先行しているように見受けられる.しかし最近,徐々にではあるが,時代に対応した方向性も定まりつつある.そこで,本稿では臨床検査の動向に影響を与える社会,医療,病院,検査の現状を概観し,これを基に検査室運営に反映する今後の検査の在り方について私見を述べる.

1. 社会・医療環境の変化と現状

我が国の社会・医療環境の変化をどのようにとらえるか,種々の見解があるが,要約すれば,顧客満足,世界標準(グローバルスタンダード),規制緩和,情報開示,医療費抑制,情報技術(IT)革命の6項目になる.さらにこれらが互いに密接につながり連動していることも現代社会の特徴である.それぞれを医療に関連づけると,顧客満足は患者中心の医療,患者のQOLや種々の面でのクオリティの追求になり,世界標準はソフト,ハードを含め医療の標準化の動きに連携する.また規制緩和はアウトソーシング,ブランチラボを促進し,情報開示はとかくブラックボックスと見られがちな医療内容を透明化するとともに患者の立場にたったインフォームドコンセントを促している.医療費抑制は医療資源の効率的活用の引き金となり,IT革命は技術面から医療の在り方を変えようとしている.このような社会・医療環境の変化の根底にあるものは,顧客,住民,患者にとってのクオリティの追求であり,さらに医療提供者と患者が協力し患者にとってのクオリティを創造するという動きである.検査においては継続的品質改善運動(CQI)に要約されるように,患者や住民からみてクオリティの高い検査を創造することが21世紀の臨床検査の基本になると考えられる.本稿では,このクオリティの創造を中心に検査室運営について考察するが,その前に検査室の存亡に直接かかわる病院自体の経営はかなり厳し状態にあることから,まず病院経営の現状と今後の在り方について考察する.

2. 病院経営の現状と将来の要件

過去10年間の赤字病院の割合を自治体病院,国立病院,他の公的病院,私的病院に分けて示した(図1).このうち,最も深刻なのは自治体病院で一般会計からの繰入れがなければ,その 90% 前後が赤字となっている< a href="#ref1">1).自治体病院の赤字要因は種々挙げられるが,地域住民からの負託などにより,不採算部部門が多いこと,各種の規制をクリアーするため人件費が高騰すること,人事異動が頻繁にあり経営管理専門の事務職が育たない点が大きな要因とされている.これらの要因のうち,地域医療計画のなかで医療施設の機能分担と連携を強化することで解決できる問題も多い.いずれにしても,国・自治体の経済的負担は増大しており,検査部門などのアウトソーシングを含め,種々の施策が検討されている.このうち,最近注目されているものに,政府により推進されているPFI方式,プライベート・ファイナンス・イニシアティブがある.これは国・自治体に代わり,民間企業が公共施設の建設,運営を行う民間活力による社会資本整備である2).医療施設については,高知県,岐阜県,神奈川県で検討されている.どのような運営形態になろうとも,これからの病院に必要な要件は以下に要約される.すなわち,安心と安全,根拠に基づいた医療,透明性,快適な環境,分担と連携,医療情報ネットワーク,標準化,健康増進,そして,効率的,経済的な運営管理である(表1).

図1 病院経営の年次推移・赤字病院の割合(1991〜2000年)

表1 21世紀の病院の要件

 ・患者が満足する質の高い安心と安全の医療
 ・根拠が明確で納得できる透明性の高い医療
 ・快適な療養環境と環境保全
 ・医療施設間・施設内の機能分担と密接な連携
 ・医療情報ネットワークの整備と充実
 ・基本的医療,運営管理,医療情報等の標準化
 ・一人一人の健康維持と健康増進への支援
 ・効率的,経済的な運営管理


3. 検査室運営の現状

病院の検査室で今,最も大きな問題になっているものの一つはその採算性である.一般に全費用の割合は採算上,全検査実施料の 60% 以下が望ましいとされている.同様に試薬費は 25% 以下,消耗品費は 2% 以下,減価償却費は 5〜10% 以下,人件費は 30% 以下が目安にされている.もっともこれはあくまで採算上の目安であり,適用範囲が検査全体か部分か,臨床的有用性についてはどうかなど,見方により異なった解釈が必要である.しかし,往々にして,これを根拠にFMSやブランチラボなどのアウトソーシングの導入が検討される場合がある.ブランチラボは現在,全国に数百箇所あると推定されているが,最近,やや増加傾向しているともいわれている.一般にリース方式やFMSは導入の大きな要因が経済的な理由であるが,ブランチラボは経済的な要因に加え,根底には人事管理上の問題を抱えているためと推定される.しかし,ブランチラボについては,地域,規模により採算性に大きな差が生じる可能性があることと有能な人材をどれだけ確保できるかが疑問である.
FMS,ブランチにしろ,自施設の経営状態を常に把握しておく必要がある.検査室の経営分析指標はいくつかあるが,このうち,原価計算と損益分岐分析が現状分析だけでなく,将来の検査室運営を考えるうえでも役立つ(表2).
最近はこのような分析を検査センターや試薬機器メーカーがサービスの一環として行うようになったが,将来は病院経営コンサルタントの中に十分な知識と経験をもった臨床検査専門の経営コンサルタントが誕生するかもしれない.

表2 検査室の経営分析指標

 ・検査件数・金額(請求額,患者1人,職員1人,検査1件)
 ・試薬・消耗品(歩留まり率,在庫率)
 ・原価計算(検査項目・区分,械器,部門,検査全体)
 ・損益分岐分析(検査項目・区分別,械器,部門別,検査全体)
 ・ABC分析(試薬・械器,検査項目)
 ・生産性分析(労働,時間,空間,械器)
 ・非計数分析(資源,運営力:指導力・能力・意識,対応力)


4. これからの検査室運営

前述したように,21世紀は個人のクオリティ創造の時代であるととらえれば,臨床検査のクオリティの要件が21世紀の検査室運営の要件につながる(表3).とくにここでは,適所・適時・適温検査,テーラーメード検査,かかりつけ検査について提言したい.

表3 臨床検査クオリティの要件―検査室運営の要件―

 ・信頼性 → 正確さ・精密さの保証,CQI
 ・迅速性 → 診察前検査,適所敵時適温検査
 ・経済性 → 科学的検査経営管理手法の確立
        検査の経済評価分析,経営戦略
 ・有用性 → 検査選択・診断・活用のための
        データベース・科学的根拠の確立
 ・個別性 → テーラーメード,かかりつけ検査


1) 適所・適時・適温検査

適時・適温給食をもじった筆者の造語だが,外来,病棟にかかわらず,最も必要とされる場所で,最適のタイミングで,最もホットな検査情報を提供し,患者にとって最適のアウトカムをもたらすという意味である.このとき,有力な武器となるのは,一つのトレーに必要な小型迅速検査機器を搭載したポイント・オブ・ケア・テスティング(POCT)であり,中央検査室へデータを転送する無線ランなどの通信手段と考えられる3)

2) テーラーメード検査

遺伝子検査に関係したテーラーメード医療にならった造語である.これまで我々は,個人個人のデータを見ても,基本的には集団の中での個人という見方しかできていない.そこで,解析の仕方を変えれば,各種検査結果から,個人の特性を抽出し,個人生理変動範囲を把握し,個人にとって最適の検査項目を設定し,その個人にとって最適な健康管理や病態解析に検査が活用できるのではないかと考えられる.

3) かかりつけ臨床検査技師

地域医療,在宅医療に情熱を注がれたある先生からお聞きしたことであるが,地域住民には,大抵,かかりつけの医師や保健婦がおり,最近はかかりつけ薬局,薬剤師もいるのに,どうして,かかりつけ臨床検査技師がいないのかといわれたことから思い付いた造語である.地域医療や在宅医療において,先述した POCTも活用し,OTCの適正活用の指導も行い,個人データを解析し,疾病予防や予知に貢献する,かかりつけ臨床検査技師は21世紀の検査室にとっても重要な位置を占め,結果的には医療費の有効利用につながるであろう.

ま と め

社会,医療の動向,病院と検査の経営状態を概観し,現代は個人にとってのクオリティ創造の時代ととらえ,21世紀の検査室運営のカギは,適所適時適温検査,テーラーメード検査,かかりつけ臨床検査技師となるという私見を述べた.なお,今回は触れなかったが,言うまでもなく,根拠のある臨床検査をどのように構築し,実践していくかも21世紀の病院検査室運営の重要な課題となろう.

文   献

  1) 全国自治体病院協議会:病院経営実態調査報告の年次推移,平成12年病院経営実態調査報告,p.33, 2001,全国自治体病院協議会.
  2) 内閣府民間資金等活用事業推進室:PFIホームページ,http://www8.cao.go.jp/pfi/pfitoha.html
  3) 村井哲夫:米国における Point of care testing (POCT) 普及の背景.臨床病理,49, 451-455 (2001).