Lab. Clin. Pract., 19(2) : 97-99 (2001)

第11回 春季大会記録


パネルディスカッション:検体検査管理加算と検査医の役割

臨床検査の教育とマネジメントの視点か

日本大学医学部臨床病理
熊 坂 一 成


は じ め に

平成8年度の診療報酬改定で認められた検体検査管理加算は,日本臨床検査医学会(当時 日本臨床病理学会)の 関口 進と森 三樹雄の両理事の献身的努力と日本医師会執行部の支持,そして厚生労働省(当時 厚生省)の官僚の決断があって初めて実現した.この決断をするにあたり,日本大学病院臨床病理科所属の臨床検査専門医の日常活動の実際を視察した若い一人の厚生官僚は,われわれが大学病院内でいかに診療支援活動をしているかを証明する各種検体検査報告書やON-CALL記録内容1) に強い関心を示した.そして,われわれも彼の真摯さ,清々しい正義感に共感した.彼は,公僕としてその時なすべき使命(mission)を理解していた.いずれ,この制度を導入する決定に至った政治的交渉過程や歴史的価値に関して,関係者が詳細に証言できる時がくるであろう.今は,この官僚の母校の医学部に臨床検査医学講座は存在していたが,彼は日大病院で見たような広範囲にわたる臨床検査医学・臨床病理学の実践的教育を受けていなかったという事実を述べるにとどめる.

われわれの顧客(customer)は誰か

世界のどの国においても医学校 (Medical School) の第1の存在意義は,医師の養成にある.現在,日本の約 70% の医学部卒業生は大学附属病院で卒後臨床研修を受け,その大部分は助手の身分で退職し,その大半はわが国の医療の第一線で活動する.国民の健康と生命を第一線で守っている医師たちが,本来,われわれ臨床検査専門医の第1の顧客のはずである.しかし臨床検査専門医の歴史が短く現在の医学部教授会を構成する医師の多くは,われわれを利用した経験に乏しい.当然,第一線の医師はわれわれの存在すら知らないのである.ちなみに,日本臨床検査医会のホームページ http:/ /www.jaclap.org/, インターネットによる公開コンサルテーション「臨床検査ネットQ&A」の利用者の大半は,臨床検査技師である.臨床検査技師は,われわれと一緒になって検査部の立場から診療支援 (Laboratory Logistics) を行う仲間であり,同時にわれわれの顧客でもある.全国的に臨床検査医学講座等が普及したとはいえ2),日本の多くの臨床検査技師は身近に臨床検査専門医がいないので相談をすることができないのである.このQ&Aの内容から,われわれ臨床検査医には検査全般にわたる問題解決能力が必要であり,顧客に関しても,医師と臨床検査技師のみならず,薬剤師,栄養士,試薬メーカー社員など,多くの人々のニーズがあることが明らかである.

今までの方法のどこがいけなかったのか

日本臨床検査医学会臨床検査専門医の認定試験の受験資格の一つとして,臨床検査室等での日常業務内容を証明する,各種のコンサルテーション記録等(病理組織診断業務に関するもの,内科等の病歴要約等は含まない)20編の提出が義務づけられている.この内容に関して,日常診療で頻度の極めて低い症例について検査関連情報を提供することの価値を否定するものではないが,臨床的に頻度の多い問題を,日々,確実に解決できる体制を整えることが先決である.米国では,臨床検査医の大部分は,市中病院で活動しているのである.日本と米国の医学教育の際立った違いは人的資源の数の違いもさることながら,この分野でのモデルとなるべき教員・教官が米国における Anatomic pathologist/Clinical pathologist の実際に疎いことである.認定臨床検査医の絶対数が不足しており,そのほとんどが大学に集中しており,かつ他の専門医制度も成熟しておらず,社会に定着しいていないわが国では,信じがたい“光景”を目にする.例えば,十分な情報を集められずに迅速な決断が求められる第一線の医療機関の医師からのコンサルテーションには格段の配慮をすべきであるのに,“開業医を見下したよう態度”をとる大病院の医師がいた.一方では,「自分たちは内科の下請けではない」あるいは「大学では超専門医が多いので,われわれ臨床検査医にコンサルテーションはほとんどないのだ」と強く言い張る臨床検査医学講座等の教官・教員が少なからずいる.臨床検査医としてのidentityの欠如に起因すると考えられるこれらの医師の屈曲した態度・心理的問題は,われわれ自身の仲間の深刻な問題として反省し,継続的な組織全体の意識改革が必要である.

われわれ臨床検査専門医は何を優先して実施すべきか

われわれ自身のmissionを自覚せず,われわれのcustomerが誰かも理解していない管理者がいる組織では,その組織の目指すべきGoalsは闇の中にある3)〜5)
近い将来,われわれの第1の顧客になるのは,現在の医学生諸君である.臨床実習期間中の医学生が,臨床検査医の日常診療サービス活動を十分に理解できるような教育目標を全国的に普及することは,この分野での活動を健全に発展させる前提条件としてきわめて重要である.「臨床検査医学・臨床病理学の全国共通の教育目標は,どうなっているのか?」,「日本臨床検査医学会の教育委員会は,いったい,何をしているのか?」という質問を日本臨床検査医会会員からも時に受ける.教育目標に関しては,旧 日本臨床病理学会教育委員会から,医学部における臨床病理学の卒前教育カリキュラム基準(案)が,「臨床病理」にすでに公表されている6).この内容は,昨今,何かと話題の医学教育モデル・コア・カリキュラム7)の内容より,優れたものであると自負している.現在,文部科学省の委託を受けた委員会が提示している,コア・カリキュラムの教育目標は,全国共通のものを目指している.しかし,担当の教員,時間配分,実習室の構造,学生などに違いがあるので,syllabusは学校ごとによって異なる.むしろ,共通の目標に向かい各大学が,それぞれ,教育方略,Learning Strategy を工夫すべきであり,syllabusは,学校ごとに異なって当然である.日大臨床病理の卒後研修プログラムは,UCSF (University of California, San Francisco) をモデルにしている.しかし,教員およびレジデントの,人的資源の圧倒的な違いに加えて医療制度が異なることから,UCSFと全く同じ教育戦略をとることは不可能である.そこには,多くの工夫が必要であった.
日本大学・臨床病理学講座の医学部卒前の一般教育目標は,1) 医師として自ら実施すべき緊急検査の基本技術の修得と,2) 臨床検査の意義と解釈に関する系統的な理解,そして3) 医学部学生が臨床検査専門医の医療・医学における実践・寄与の実際を認識することの三つである.この3番目の教育目標は,特に強調したいところあり,この教育目標で,問われているのは,ロールモデルとしての私ども大学所属の臨床検査専門医の「生きざま」である8)

日大病院の緊急検査体制と臨床検査医

昭和48年に日大板橋病院検査部は休日の日直を,同59年に緊急検査当直を開始し,平成3年からは輸血に対しても24時間対応をしている9).この間,臨床病理科の医師(臨床検査医)は,休日業務(09 : 00〜17 : 00)を検査技師とともに実施しており,昭和54年には臨床検査医 On-Call Program をUCSFから導入している.約30年前の日直では,計算盤による白血球数算定などを技師とともに医師が協力して実施しており,件数は多くても20検体以内であった.現在,休日の日直は,自動分析機とコンピュータによるシステム化が整備され,技師(3名)により,100検体を超える検査および輸血関連業務が実施されており,日直の臨床検査医(1名)には,最低限,以下の問題解決能力が必要である.1) 血液型判定と交差適合試験,2) 血液像・骨髄像の診断,3) グラム染色・抗酸菌染色判定,4) パニック値への対応,5) 臨床検査(検体検査)全般に関するコンサルテーションである1).この中で,1) から3) は,ほとんどの医学部で卒前教育目標となっているであろう.血液像の診断のおぼつかない検査医には,急性白血病が疑われても,当直医からの呼び出しはない.グラム染色の判定ができない検査部の医師に,研修医や検査技師は,感染症診療関連の相談はしない.

おわりに代えて

わが国の臨床病理学・臨床検査医学のパイオニアの一人である, 土屋俊夫名誉教授は,「医療は,医学の社会的正義の実現である」と説いた.「医学医術の個々の水準では世界的なものをもつわが国の医療に欠けているものは,医学を総合的に捕らえて医療の実践に生かすことである.大学病院の密室的医療の危険性とそれを防止するために認可基準 (accreditation standard) が必要であり,医学・医療はあくまでも患者を中心に考えなくてはいけない.そのための医学教育である.」と主張を続けた.そして,中坊公平は「法と正義の最終目標は人間尊重にある.「パブリック」の意味は,「公」であり「官」ではない.お上依存意識,統治客体意識から脱却し,自分たちの国として,自分たちが国を統治する,主権意識の確立をすべきである.」と述べている10)
臨床検査専門医認定試験が,病理専門医や認定内科医の資格のある方にとって受験しやすく改訂されたことと,検体検査管理加算の実施が相まって,われわれの仲間が増加しつつあることは,嬉しい限りである.しかし,新しい法律・規則ができたから処罰されないように,または,これを利用して儲けようというのは本末転倒である.検体検査管理加算は,私たち臨床検査医の病院内での立場を保証するためではなく,この制度の認可基準を遵守し,より高品質の臨床検査成績の保証することで,国民の皆様の生命と健康を守るためにある.

謝 辞   河野均也教授のご高閲に深謝する.

文   献

  1) Kumasaka, K., Yanai, M., Hosokawa, N., et al.: A study on Task-analysis of clinical pathologists as medical consultants in Nihon University Hospital. ―A Japanese perspective by comparison with current status in the USA―. Jpn. J. Clin. Pathol., 48(7), 639-646 (2000).
  2) 河合 忠:資料 日本の医学部・医科大学における検査部ならびに臨床病理学講座の設置状況.臨床病理,46, 57-61 (1998).
  3) P. F. ドラッカー編著;翻訳 田中弥生:非営利組織の「自己評価手法」―参加型マネジメントへのワークブック―,ダイヤモンド社,1995.
  4) P. F. ドラッカー編訳;上田惇生:はじめて読むドラッカー[マネジメント編],チェンジ・リーダーの条件,みずから変化をつくりだせ!The Essential Drucker on Management, ダイヤモンド社,2000.
  5) Henry, J. B. and Kurec, A. S.: Chapter 1 “The Clinical Laboratory: Organization, Purpose, and Practice," in “Clinical Diagnosis & Management by Laboratory Methods," 20th Ed., ed. by Henry, J. B., Philadelphia, London, Toronto, Montreal, Sydney, Tokyo, W. B. Saunders Company, 2001, pp. 3-49.
  6) 藤巻道男,熊坂一成,大谷英樹,他(日本臨床病理学会教育委員会):医学部における臨床病理学の卒前教育カリキュラム基準.臨床病理,38, 1393-1410 (1990).
  7) 医学における教育プログラム研究・開発事業委員会:モデル・コア・カリキュラム,21世紀における医学・歯学教育の改善方法について 学部教育再構築のために 【別冊】:<http:/ /www.mext.go.jp/b_menu/houdou/13/03/010331.htm>accessed June 22, 2001.
  8) 村上純子,林 国樹,土屋達行,他:医学部学生は大学病院における「臨床検査医」の業務をどのように認識しているか? 臨床病理45補冊(第44回日本臨床病理学会総会抄録):310 (1997).
  9) 熊坂一成,細川直登,林 国樹,他:日大病院臨床病理科On-callサービスに関する研究 第9報―当大学病院休診日の臨床検査医日直業務分析を中心に―.臨床病理,46補冊(第45回日本臨床病理学会総会抄録),229 (1998).
  10) 中坊公平:司法制度改革の中間報告,NHK人間講座 日本人の法と正義 私の弁護士体験から,東京,日本放送出版協会,2001, pp. 120-131.