Lab. Clin. Pract., 19(2) : 89-91 (2001)
第11回 春季大会記録
特別講演:私のライフワーク
私のライフワーク
神戸大学医学部臨床検査医学
熊 谷 俊 一
私の免疫学への興味は,学生時代のBurnetの「クローン選択説と自己免疫論」にさかのぼる.卒後研修で,膠原病やリウマチの面白さに惹かれ,臨床免疫学の世界へと足を踏み入れることとなった.幸か不幸か,その時のテーマであった「自己免疫疾患の病因病態の解明」は近年の免疫学分子生物学の進歩をもってしても未だ解決されず,現在もこれをテーマとして研究を続けている.「私のライフワーク」はこれまでの興味の足跡であり,その延長線上にある現在最も興味のある課題ということになる.
1. トレランスの機構と自己免疫
私が研究を始めたのは,T細胞B細胞が同定された頃で,私は自己抗体産生機構の研究を行った.免疫系はありとあらゆる外来性抗原に対して応答しうるが,自己の組織には対しては通常では全く攻撃しない.このトレランス(免疫寛容)の機構は長い間謎であったが,近年自己抗体遺伝子導入マウスの実験により明らかにされた.図1に示すように,HLA抗原や赤血球抗原など膜固定型の自己抗原に対する抗体産生B細胞は,死滅し末梢には出現しない(クローン除去).一方,可溶性自己抗原と反応する自己抗体産生B細胞は,死滅はしないが分化成熟できない状態となる(クローン麻痺).我々はこのクローン除去が,自己抗原によるB細胞のアポトーシスにより担われていることを証明した1).
その後,このアポトーシスの障害がトレランスの破綻を通じて自己免疫疾患を起こしうることが,モデル動物で見事に証明された.SLEの自然発症モデルであるMRL-lpr/lprマウスでは,アポトーシス誘導分子であるFas遺伝子に欠陥があることがつきとめられた.またプロトオンコジンbcl-2をB細胞で過剰発現させると,自己抗体産生B細胞のアポトーシス障害を通じてSLE様の病態を発症する.このようにリンパ球の生死や活性化制御に関与する遺伝子異常がトレランスを破綻させ,自己免疫疾患を誘発することが証明され,その病因論も決着したかに思えた.
図1 B細胞トレランスの機構の研究
2. ヒト自己免疫疾患の病因病態
ところが,ヒトSLEリンパ球を検策するとBCL-2やFas/Fas-Lの発現や機能はほぼ正常であり,マウスのような単純な遺伝子異常も存在せず,その病因論は振り出しへと戻ることになった.ヒト自己免疫疾患では家系内発生があり,臨床的に感染・紫外線・ストレス・妊娠分娩・寒冷などが発症あるいは増悪因子となることが知られ,遺伝的因子と環境要因が複雑にかかわる多因子疾患と考えられる(図2).
そこで私どもは,シェーグレン症候群やSLEについて,疾患感受性遺伝子の探索を行った.まず着目したのは,TAP (transporter associated with antigen processing) である.TAPはウイルスや自己抗原由来ペプチドをクラスI抗原に結合させる分子である.我々はTAP2遺伝子に新しい変異(M577V)を発見し,この変異を含むアリルTAP2*Bky2がシェーグレン症候群で増加し抗SS-A/Ro抗体産生と強く関連していることを報告した2).現在この変異遺伝子を導入したトランスフェクタントを作成し,クラスI抗原に結合するペプチドを解析している.この解析を通じて,自己免疫応答に重要な自己抗原ペプチドやウイルス由来ペプチドを探策中である.TAP遺伝子以外にも,GST (glutathione S-transferase) や MBL (mannose binding lectin) 遺伝子が疾患あるいは自己抗体産生感受性遺伝子候補であることを明らかにしてきた3),4).
一方,感染・紫外線・ストレス・寒冷などは生体に酸化ストレスとして作用することから,自己免疫疾患の環境因子としての酸化ストレスに着目している.膠原病患者で血中チオレドキシン(TRX) レベルが高く,尿中 8-hydroxy-guanosine
排泄量が増加していることを明らかにした5).TRXレベルは慢性関節リウマチでは活動性と相関し,虚血性心疾患やクラッシュ症候群でも著明に増加することから,新しい酸化ストレスマーカーとしての臨床応用が期待される.
図2 自己免疫疾患(SLEやシェーグレン症候群)の病因病態
3. 遺伝的因子と環境要因のかかわり
遺伝的因子と環境要因が免疫系にどのようにかかわって,トレランスを破綻し自己免疫応答を誘導するかを解明することが,ヒト自己免疫疾患の病因解明とって最も重要なことである6).そこで私どもは,抗核抗体とくに抗SS-A/Ro抗体産生機構に焦点を当てて研究を進めている.抗SS-A抗体は亜急性皮膚ループスや胎児の完全房室ブロックと深く関係する自己抗体である.皮膚のケラチノサイトに紫外線を照射するとSS-A抗原が細胞表面に表出することが知られている.我々はこの紫外線によるSS-A抗原の表出が酸化ストレスにより起こることを証明し,紫外線以外の酸化ストレスもSS-A抗原 (Ro 52) の細胞表面表出を誘導することを明らかにした.
またこの SS-A (Ro 52) 抗原遺伝子に新しい多型性を発見し,抗 SS-A (Ro 52) 抗体産生と関連することを発見した.TAP2*Bky2はシェーグレン症候群のみならずSLE患者においても,抗SS-A抗体産生と強く関連していた.さらにGSTM1遺伝子ホモ欠損者(null)のシェーグレン症候群で抗SS-A抗体陽性率が有意に高かった.
これらの遺伝子の多型性が,どのように抗SS-A抗体産生にかかわっているのであろうか.GSTは重要な生体の抗酸化機構に関与する分子であり,その欠損は酸化ストレスに対する防御が弱いと推察される.TAP分子はウイルスや自己抗原由来のペプチドをER内に運びHLA分子と結合させる分子である.SS-A抗原の変異はその細胞内での安定性に影響を与えたり,由来ペプチドが免疫原性を有したりする可能性がある.このように,これらの遺伝子の多型性は,紫外線や感染などの環境因子に対する生体の免疫応答の仕方に影響を与え,トレランス破綻を招来し,疾患発症へと結びつけるものと考えられる.
4. これからは
一方,我々は6年前からある町の住民検診に毎年参加し,健常者にも抗SS-A/Ro抗体も含む多くの抗核抗体陽性者が存在することを発見した7).この抗SS-A抗体陽性者の中にはシェーグレン症候群や肝疾患の方も少数おられたが,多くは健常であった.これら陽性者について,5年間の経年的変化をみると,抗体価が低値に留まる例が多かったが,抗体価が毎年上昇し自己免疫疾患を発症する例も存在することが判明した.
このことは抗核抗体陽性(トレランスの破綻) と自己免疫疾患発症の間に,より重要な遺伝的因子や環境要因の存在も推察させる.今後,発症者・抗核抗体陽性健常者・正常人について,酸化ストレスや抗酸化機構を含めゲノム解析や生活習慣調査などを行い,自己免疫疾患の病因病態の解明を目指し,発症前診断や発症予測,さらには再燃防止や病因的治療へと結びつけたいと思っている.
ここに述べた研究はすべて,多くの共同研究者の協力を得てなされたものであり,この場を借りて厚く御礼申し上げます.最後になりましたが,このような発表の機会を与えていただきました巽 典之会長に深謝いたします.
文 献
1) Murakami, M., et al.: Antigen induced apoptotic death of Ly-1 B cells that are responsible for autoimmune disease in transgenic mice. Nature, 357, 77-80 (1992).
2) Kumagai, S., et al.: Susceptibility to Sjogren's syndrome is associated with a new allele of the TAP2 gene (TAP2*Bky2: Val577). Arthritis Rheum., 40, 1685-1692 (1997).
3) Morinobu, A., et al.: Association of glutathione S-transferase M1 homozygous null genotype with disease susceptibility to Sjögren's syndrome in Japanese. Arthritis Rheum, 42, 2612-2615 (1999).
4) Wang, Z.-G., et al.: Mannose-binding lectin gene polymorphisms in patients with Sjögren's syndrome. Ann. Rheum. Dis., 60, 483-486 (2001).
5) 熊谷俊一:酸化ストレスの指標としてのADF/チオレドキシン.臨床病理,46(5), 574-580, (1998).
6) 熊谷俊一:生体応答学の新展開.自己免疫疾患―遺伝素因と環境因子―.別冊・医学のあゆみ,医歯薬出版(東京),pp. 153-158, 1999年5月20日発行.
7) Hayashi, N., et al.: Detection of antinuclear antibodies by use of an enzyme immunoassay with nuclear Hep-2 cell extract and recombinant antigens: Comparison with immunofluorescence assay in 307 patients. Clin. Chem., 47(9) (2001), in press.