Lab. Clin. Pract., 19(2) : 81-83 (2001)

第11回 春季大会記録


特別講演:私のライフワーク

食塩過剰摂取と高血圧

関西医科大学臨床検査医学医
高 橋 伯 夫


高血圧発症の背景

高血圧症は“生活習慣病”とも称されるように,肥満,運動不足,ストレス過剰,食塩過剰摂取等の偏食,などの結果,発症が加速される.すなわち,遺伝的背景が重要であることは言うまでもないが,このような環境因子が高血圧の発症や増悪因子として機能している.したがって,現在ではその治療法の一つとして生活習慣の改善が勧告され,薬物療法に先行して,および併行して行うべき治療法と位置づけられている.この背景には人類の進化の歴史と密接な関係があるものと思われる.約500万年前に誕生したとされる人類進化の歴史の中で基本的な生理機構は,気が遠くなるほど長い石器時代の筋肉労働により飢餓と闘う間に形成されてきたはずである.外敵の襲来に対して直ちに応戦できるように,血圧を高めやすく,血糖値を上昇させやすく,エネルギーを備蓄しやすい人類が自然淘汰の中で勝ち抜いてきたものと考えられる.すなわち,常に骨格筋で多くのブドウ糖を消費して,過剰な燃料を備蓄できない生活環境で生きてきた人類が200年余り前に始まった産業革命のおかげで筋肉労働から開放されて高カロリーを摂取する異常な生活習慣に変容した.また,同様に石器時代には植物,動物の生食習慣から豊富にカリウム(K)は摂取できたが,生体に不可欠の重要なミネラルであるナトリウム(Na)は自然からは入手が困難で,生体にとってはNa渇望状況にあったと推測できる.すなわち,常に食塩渇望状態にあり,レニンアンジオテンシンアルドステロン系のように生体に厳重過ぎるほどのNaの備蓄機構が形成されたものと考えられる.Kは尿量に依存して容易に喪失するがNaは喪失しにくい事実がこのことを意味している.文明の進化により,人類が欲してきたNaを容易に入手することが可能になってNa過剰摂取がもたらされ,人類は“食塩中毒”に陥っていると言っても過言ではあるまい.このように,現代では高血圧を生じる構造的な生活習慣が定着している事実を直視し,高血圧患者の生活指導に活かす必要が痛感される.
一昨年のこの会で,視床下部をはじめとする神経由来細胞で産生され,食塩過剰摂取に伴う高血圧で重要な役割を演じると考えられている内因性ジギタリス(第三因子)に関する私の研究業績をご紹介したが,今回は,食塩過剰摂取の高血圧発現機序として,その他の研究成果をご披露した.
主な課題としては,(1)脳内心房性ナトリウム利尿ホルモンと食塩の中枢性昇圧機構,(2)食塩と脳内レニンアンジオテンシン系,(3)脳内アミロライド感受性Naチャンネルの役割,(4)脳内一酸化窒素と食塩過剰摂取,(5)サイトカインと高血圧,などについて述べた.

1. 脳内心房性ナトリウム利尿ホルモンファミリーと食塩の中枢性昇圧機構

ラットに食塩を過剰負荷すると,当初の2週間は尿中カテコールアミン排泄量は減少するが,3週以降では著しく増量し,交感神経活動が亢進することを示している.当初は体液量の増量による心・肺圧受容体反射による交感神経活動抑制が主であり,食塩は基本的に交感神経活動を刺激することが示唆される.高張食塩水を脳室内に投与すると交感神経活動の亢進とともに血圧が上昇する.その際の,全身の血行動態を放射性マイクロスフェアーを用いて測定すると,食塩投与では脳・心・肺血流量を除いてほぼすべて,特に腹部内臓の血流量が著減する.その際に,アンジオテンシンII受容体拮抗薬の脳室内前投与をしておいても血圧や血行動態の変化は部分的にしか遮断されない.その機序としては交感神経活動を抑制しないが,抗利尿ホルモン(ADH)分泌を選択的に抑制するためである.他方,ANPやCNPの脳室内前投与では食塩投与による昇圧と交感神経活動亢進をほぼ完全に遮断した.内因性の脳内ANPを測定すると食塩負荷により濃度が増量することを明らかにし,食塩過剰摂取時の昇圧に拮抗するべく作用していることが示唆される.

2. 食塩と脳内レニン-アンジオテンシン(R−A)系

血中レニン活性やレニン様免疫活性として測定するレニンは主に腎由来であるが,レニンは全身の多くの組織に存在している.特に,脳内レニンは腎以外で初めて同定されたレニンである.その後,R−A系のすべての構成要素が脳に存在することが明らかにされた.少量のアンジオテンシンを脳室内に投与すると交感神経活動の亢進,ADH分泌増加により著明な昇圧が認められる.食塩を負荷した際に脳内R−A系がいかに変動するかを検討した.その結果,脳内レニンのm-RNAの発現は腎レニンm-RNAとは逆に食塩負荷により増量することを明らかにした.(1)で認めたように脳室周囲ではアンジオテンシンII受容体拮抗薬は食塩の昇圧作用に大きくは影響しないことから,その他の部位で作用しているものと考えられる.

3. 脳内アミロライド感受性Naチャンネルの役割

Na輸送で重要な役割を演じるチャンネルは Na, K-ATPaseと上皮型Naチャンネル(アミロライド感受性,ENaC)である.ENaCは舌で塩分のセンサーとして機能していることが知られているが,脳内でもNaを感知する可能性を検討した.ENaCを特異的に阻害するベンザミルを脳室内に投与すると用量依存性に高張食塩水の脳室内投与時の昇圧を抑制した.食塩感受性高血圧のモデルとして知られるDOCA-食塩高血圧ラットの脳室内にベンザミルを投与すると用量依存性に降圧が認められ,ENaCの脳内Naセンサーとしての役割が明らかになった.

4. 脳内一酸化窒素と食塩過剰摂取

一酸化窒素(NO)は強力な血管拡張物質であるが,神経系にも多量の合成酵素が存在し,神経伝達に何らかの役割を演じる可能性が示唆される.NO合成酵素(NOS)の基質である L-アルギニンを脳室内に投与すると血圧は低下し,NOS阻害薬の投与で交感神経活動亢進とともに血圧が上昇する.そこで,NOS の m-RNA の発現量を RT-PCRにより測定すると,食塩負荷により減少することを見いだした.ところで,NO合成量の指標としてNOの代謝産物である硝酸イオンの尿中排泄量を測定すると食塩負荷により硝酸イオン排泄量は減少し,減塩食で増量することから全身で産生されるNOも食塩摂取量に左右される可能性を示している.

5. サイトカイン

肥満や動脈硬化と高血圧が関係することは明らかであるが,肥満や動脈硬化に伴い血中に炎症性サイトカインが増量し,高感度CRPで測定するとわずかながら有意にCRPが増量することが知られている.肥満や糖尿病では主にインスリンの尿細管作用により食塩の貯留がもたらされる.炎症性サイトカインの代表としてインターロイキン1βを脳室内に投与すると食塩の脳室内投与と同様に交感神経活動の亢進とともに血圧が上昇する.インドメタシンでプロスタグランディン合成を抑制しておくとこの昇圧反応は抑制されることからこれらのサイトカインが中枢性にプロスタグランディンの作用を介して昇圧することが明らかである.
以上のように,食塩負荷時の昇圧機構は複雑であり,さまざまな機構が関与することを明らかにしてきた.

文   献

  1) Takahashi, H., et al.: Inhibitory roles of the hypothalamic atrial natriuretic polypeptide on the vasopressin release in the sodium-loaded rats. Biochem. Biophys. Res. Commun., 139, 1285-1291 (1986).
  2) Takahashi, H., et al.: Evidence for a digitalis-like substance in the hypothalamo-pituitary axis in rats. J. Hypertens., 4, S317-S320 (1986).
  3) Lee, C. L., Takahashi H., et al.: Salt elevates blood pressure with biphasic changes in hypothalamic responsiveness. Jpn. Circ. J., 50, 1137-1139 (1986).
  4) Takahashi, H., et al.: Hypothalamic digitalis-like substance is released with sodium-loading in rats. Am. J. Hypertens., 1, 146-151 (1988).
  5) Takahashi, H., et al.: Endogenous digitalis-like substance in an adult population. Am. J. Hypertens., 1, S168-S172 (1988).
  6) Takahashi, H., et al.: Digitalis-like substance is produced in the hypothalamus but not in the adrenal gland in rats. J. Hypertens., 6, S312-S316 (1988).
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