Lab. Clin. Pract., 19(2) : 78-80 (2001)第11回 春季大会記録
シンポジウム:最近注目されている専門分野での臨床検査免 疫 学
臨床検査―最近の進歩福島医大臨床検査医
吉 田 浩
I. は じ め に
本稿では実際の日常臨床検査に限定し,1996年1月から2001年3月までに本邦での保険診療に採用された検査項目の中から,免疫学的領域とみなされる自己抗体と腫瘍マーカーについて示す.
II. 自 己 抗 体
表1に示すように8項目が日常臨床検査に利用されるようになった.
表1 自己抗体関連保検診療収載項目 (1996. 1〜2001. 3) 項 目 測定法 発売メーカー 保検点数
(2001. 4)承認年月 〔自己抗体〕 1) 抗 glutamic acid decarboxylase (GAD) 抗体 RIA デイドベーリング 200 1996. 5 2) 抗TSH刺激性レセプター抗体 (TSAb) RIA ヤマサ醤油 400 1996. 7 3) 抗centromere抗体 ELISA MBL 200 1997. 7 4) 抗cardiolipin抗体 ELISA MBL 390* 1997. 7 5) 抗好中球細胞質myeloperoxidase 抗体(MPO-ANCA) ELISA ニプロ 460** 1998. 10 6) 抗galactose欠損IgG抗体(CA-RF) レクチンEIA 三 光 定性55
精密測定1901999.2 7) 抗糸球体基底膜(GBM)抗体 ELISA ニプロ 440 1999.8 8) Lupus anticoagulant LAテスト MBL 390 1999. 10 * 抗CL-β2GPI抗体360 点 (1993) ** 細胞質性抗好中球細胞質抗体(1993) (C-ANCA) 440 点
(1) 抗 glutamic acid decarboxylase (GAD)抗体
糖尿病患者血清中には蛍光抗体法で,ラ氏島と反応する抗体が存在することが知られ,その後,主たる対応抗原はGADであることが判明した.インスリン依存性のI型糖尿病患者(IDDM)が検査対象となる.
(2) 抗TSH刺激性レセプター抗体
甲状腺機能亢進症疾患患者血清IgG分画には甲状腺細胞と結合し,細胞機能を刺激亢進させる自己抗体が存在する.本抗体はPEG処理患者血清Igを新鮮ブタ甲状腺細胞と反応させ,cAMP産生を測定するもので,甲状腺機能亢進症が対象となる.
(3) 抗centromere抗体
CREST症候群(calcinosis, Raynaud 現象, esophageal dysmotility, Sclerodactyly, teleangiectasia)患者血中に染色体中央部に存在するセントロメアと反応する自己抗体が存在し,蛍光抗体法で散在斑紋型 (discrete speckled) パターンを示す.対応抗原はセントロメア部分のDNA結合タンパク質で CENP-A, B とCがある.本測定系はCENP-Bに対する抗体を測定するもので,強皮症〜関連疾患や原発性胆汁性肝硬変症が対象となる.
(4)抗cardiolipin抗体,lupusanticoagulant
抗 cardiolipin (CL) 抗体陽性で梅毒血清反応偽陽性,動・静脈血栓,習慣性流産,血小板減少などを呈す疾患に対し,抗リン脂質症候群(APS)の名称が提唱された(Hughesら,1993).
対応抗原はCLと結合したβ2-GPIとされ,平成5年12月に抗体測定キットが承認された.今回のキットはCLとウシ血清中β2-GPIを固相化し対応抗体を測定するものである.
SLEに見られる凝固系阻害因子は lupus anticoagulant (LA) と呼ばれ,リン脂質依存性凝固反応を阻害する免疫グロブリンである.本法は第X因子を活性化するラッセル蛇毒が試薬に含まれ,その量的違いによる凝固時間差からLAの存在を知るものである.
(5)抗 myeloperoxidase (MPO)―好中球細胞質抗体(ANCA)
進行性腎炎患者血清中に好中球細胞質と反応する抗体の存在が蛍光抗体法で示された (Davise, 1982).その後,好中球細胞質 (cytoplasmic, C) と核周辺部 (perinuclear, P) とが染色される2型に分けられ,抗原は前者が proteinase III (PR-3),後者は myeloperoxidase (MPO) で,前者の測定系は1993年に,後者は1998年に承認された.前者はWegener肉芽腫症の,後者は急性進行性腎炎(半月体形成性,巣状壊死性),顕微鏡的結節性動脈周囲炎 (MPN), Churg Strauss 症候群など血管炎のマーカー抗体に位置づけられている.
(6) 抗galactose欠損IgG抗体(CA-RF)
RA患者血清中のIgGはgalactoseが欠損しており,今回,これに対する抗体測定系が開発された.従来の方法より検出感度が高い.
(7) 抗糸球体基底膜(GBM)抗体
抗GBM抗体は基底膜中のIV型コーラゲンと反応し Good Pasture 症候群や急性進行性腎炎(RPGN)症候群をひき起こす.RPGNではMPO-ANCA共々,重要なマーカーとなってきている.
III. 腫瘍マーカー
1996年1月から今年3月までに保険診療に導入された腫瘍マーカーは13項目であり,表2に示す.癌の骨転移マーカーと膀胱癌マーカーとが注目される.
表2 腫瘍マーカー保検診療収載項目 (1996. 1〜2001. 3) 項 目 測定法 発売メーカー 保検点数
(2001. 4)承認年月 1) Progastrin releasing peptide (ProGRP) EIA 国際試薬/テルモ 280 1996. 5 2) AFP lectin 反応分画 ・レクチン電気泳動法
抗体転写法
・液相結合法和 光
和 光280
2801996. 5
1998. 63) I型collagen-C-telopeptide (ICTP) RIA 中 外 210 1997. 2 4) Sialy Lex (CSLEX) EIA ニットーボー 220 1997. 2 5) Galactosyl transferase (GAT) EIA コニカ 290 1997.7 6) I型procollagen-C-propeptide (PICP) RIA 中 外 210 1997. 7 7) I型collagen-N-telopeptide (NTx) ELISA 持 田 210 1997. 8 8) 尿中deoxypyridinoline (Dpd) EIA 住 友 210 1998. 2 9) PSA-ACT ELISA 大日本 230 1998.12 10) 尿中bladder tumor antigen (BTA) ラテックス凝集法 メデイコン 75 1999. 1 11) 尿中nuclear matrix protein 22 (NMP 22) ELISA コニカ 230 1999. 7 12) 骨alkaline phosphatase (BAP) EIA 住 友 200 1999. 6 13) Free PSA/Total PSA EIA ダイナポット 220 1999. 8
(1) 肺 癌――Progastrin releasing peptide (Pro GRP)
肺癌の中で小細胞癌は約 20% を占め,早期より転移が見られる.Brain-gut peptide の一つであるGRPの前駆体である Pro GRP は Neuron specific enolase (NSE) とともにマーカーとなる.
(2) 肝癌――α-Fetoprotein (AFP) レクチン反応性による分画比(AFP-L3%)
肝細胞癌ではAFPとPIVKA II が代表的マーカーである.AFPは糖鎖の違いから L1, 2, 3, 2+3の4群に大別され,肝癌ではL3の比率上昇(15% 以上)をみる.
(3) 乳癌――Sialyl Lex (CSLEX)
乳癌またはその転移の代表的マーカーはCA15-3である.Lewis式血液 Lea の構造異性体Lex の末端にシアル酸が付加したものがCSLEXで,モノクローナル抗体を用いた測定法により,乳癌患者血中値上昇をみる.
(4) 卵巣――Galactosyl transferase (GAT)
卵巣癌のマーカーには CA125, CA130, CA602 などがある.卵巣癌と内膜症性のう胞との鑑別は難しいことがあり,GAT値は卵巣癌にて上昇をみる.
(5) 前立腺癌――PSA-ACT, free PSA/total PSA
前立腺癌マーカーとしては前立腺酸性フォスファターゼ (PAP), γ-seminoprotein (γ-Sm) や prostate specific antigen (PSA) が用いられてきた.PSAは米国では血中値測定による前立腺癌スクリーニングでの有用性が認められており,多数のキットが利用されてきている.PSAの約 90% はα1-antichymotrypsin (ACT) と結合し,残り 10% は遊離(free)型である.PSA-ACTが従来の測定に比し,より有用とされる.
Total PSA (free とACTやα2-macroglobulinとの結合体の両者)では,特に境界域値例で癌と非癌の鑑別が難しい.そのため,free PSA と total PSA の比(F/T比,20% 以上)が有用とされる.
(6) 膀胱癌――・尿中BTA・尿中NMP 22
腎盂,尿管や膀胱癌のほとんどは移行上皮癌で,尿中細胞診のほか,FDPやCEAなどが測定されたが,有用性は低い.
・尿中 Bladder tumor antigen (BTA)
BTAは基底膜がIV型コラーゲン,フィブロネクシン,ラミニン等々に分解され,それらが尿中にて複合体となったポリペプチドで,膀胱癌の有病正診率が 50% 以上と報告されている.
・尿中 nuclear matrix protein 22 (NMP 22)
細胞核内に存在する nuclear matrix apparatus (NuMA) が細胞死により可溶化し,体液中に放出されたタンパク質がNMP22である.膀胱癌での有病正診率は 60% 以上とされ,従来の尿中細胞診と比べ有用である.
(7) 癌の骨転移マーカー
1) 骨破壊性マーカー:ICTP, NTx, 尿中Dpd
2) 骨形成性マーカー:PICP, BAP
1) 骨破壊性マーカー
・I 型 collagen C-telopeptide (ICTP)
I型collagenのC末端が切断されたもので,乳癌,肺癌,前立腺癌の骨転移マーカーとなる.
・I 型collagen架橋N-telopeptide (NTx)
Pyridinium架橋結合 collagen peptide の断片で癌(乳,肺,前立腺)の骨転移のほか,原発性副甲状腺機能亢進症のマーカーとなる.
・尿中 deoxypyridinoline (Dpd)
Deoxypyridinolineは骨基質中のI型collagenの高次構造成分で,骨吸収に伴い尿中,排泄される.癌(乳,肺,前立腺)の骨転移のほか,原発性副甲状腺機能亢進症のマーカーとなる.
2) 骨形成性マーカー
・I 型 procollagen-C-propeptide (PICP)
I型procollagenのC末端が切断され,血中へ排出されたもので,前立腺癌の骨転移マーカーとなる.
・骨型 alkaline phosphatase (BAP)
骨芽細胞から産生されるIII型ALPで癌(乳,肺,前立腺)の骨転移や副甲状腺機能亢進・低下症のマーカーとなる.