Lab. Clin. Pract., 19(2) : 74-77 (2001)

第11回 春季大会記録


シンポジウム:最近注目されている専門分野での臨床検査

臨 床 化 学

大阪大学医学系研究科生体情報医学
網 野 信 行


は じ め に

最近1年間における臨床化学分野での注目される臨床検査について,単に国内の検査のみならず国際的視野でどのような方向で検査が進んでいるかも含めまとめてみた.この1年間を振り返ることにより,ある意味では21世紀における臨床化学分野の臨床検査の発展の方向がかなり予測されうるものと思う.

1. 2000年度における臨床化学検査関連の論文発表

臨床化学関係で最も定評のある米国の Clinical Chemistry につき 2000 年度における original article を分野別にまとめると,表1 に示すようにその発表数が最も多いのは Molecular Diag-nostics and Genetic である.次いで旧来の臨床化学部門というべき Enzymes and Protein Markers がある,その次に Endocrinology and Metabolism がくる.さらに脂質関係,Drug Monitoring などが続くが,今回はMolecular Diagnosticsについて述べ,さらに筆者の専門とする Endocrinology and Metabolism に関する臨床検査の進歩について記す.

表1 Clinical Chemistry に 2000 年に発表された原著論文の分野別分類

        分野別分類                      論文数
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  Molecular Diagnostics and Genetic                             42
  Enzymes and Protein Markers                                   37
  Endocrinology and Metabolism                                  24
  Lipids, Lipoproteins, and Cardiovascular                      17
    Risk Factor 
  Drug Monitoring and Toxicology                                12
  Laboratory Management                                         8
  Nutrition                                                     7
  Evidence-based Laboratory Medicine and                        6
    Test Utilization   
  Clinical Immunology                                           4
  Hematology                                                    3
  Homeostasis and Thrombosis                                    2
  Automation and Analytical Techniques                          2
  General Clinical Chemistry                                    2


2. 分 子 診 断

現在,核酸増幅法としては Polymerase chain reaction (PCR) が国際的に最も汎用されている.その他 NASBA, 3SR, SDA 法なども開発されているがほとんど実用化されていない.PCRに関しては定評があるが,臨床検査としてキットを作製する場合特許に必ずひっかかることである.これをオーバーカムするため,栄研グループが新しいDNA増幅法を開発した.Loop-mediated isothermal amplification の略を取って LAMP 法と名づけられた1).その特徴を表2にまとめた.筆者も共同研究者の一人となっており,我が国で開発されたこの方法が今後臨床検査分野で具体的に実用化され,多くの臨床応用されることを期待する.
従来,分子診断・遺伝子診断に関しては,その材料として標的臓器または末梢リンパ球を用いて分析がなされている.しかし,もし保存血清で分子診断が可能となればその応用範囲はかなり広がってくる.最近,川崎医大生化学教室のグループから30年間 −70℃ で保存した血清を用い,ブチリールコリンエステラーゼ酵素の変異や血液型ABOのgenotypingが可能であることが報告された2).また広島大学産婦人科での研究で母体血清を用いて胎児から移入されたY染色体特異的なsequenceを同定し,胎児の性別をほぼ 100% の確立で判別することが可能となった3).今後は母体血清を用い先天異常発生の分子診断が可能となってくるであろう.さらに血漿を用いた報告で,血漿中 β-globin DNA の量を測定することにより,外傷の重傷度を判定する方法も生まれてきている4).このように必ずしも新鮮血液を用いずとも保存血清で一部の分子診断が可能となってきつつある.
遺伝子診断の特徴は血中に存在する極めて少ない量の核酸を増幅できることである.1980年代後半より癌の遠隔転移の判定法として,血中を流れる癌細胞の捕捉に関する研究が進み始めた.表3に示すように現在までに多くの報告があるが,末梢血液を用いて遠隔転移を判定する方法としてはMelanoma, 前立腺癌および乳癌の診断がほぼ確立されてきている5).その他の分野においては,例えば血中CEAのmRNAを測定することにより,消化器官の転移を発見できるとの報告が相次いだが,報告成績は必ずしも一致しておらず,最近ではむしろ否定的である.
筆者らが専門とする甲状腺癌のサイログロブリンmRNAにおいても,増幅することにより遠隔転移がわかるとする極めて良好な成績がいったん発表された6).しかし,我々の追試によりそれはかなり疑問であることが明らかとなりつつある7).甲状腺癌の診断には穿刺吸引細胞診が形態診断として用いられてきているが,我々は分子診断法を導入して新たに発見した oncofetal fibronectin が甲状腺癌の診断に極めて特異性があることを明らかにした8).形態診断による細胞診の場合には,かなり訓練を積んだ専門家でなければ診断は不可能であるが,分子診断の場合は誰もができる方法であり今後この方法が自動化されることにより,一般的な甲状腺癌の分子診断法として将来定着されるものと思う.

表2 Loop-mediated isothermal amplification of DNA(DNA グループ介在等温増幅法)  LAMP法の特徴

  1) 6領域を認識するための特異性が高い.
  2) 増幅効率が高く,短時間に増幅可能である.
  3) 増幅産物は特徴的な構造を有する.
  4) 等温で反応が進行するため,一度プライマーを決定すれば,反応自体は機器を含め極めて簡易に行える.
  5) 逆転写酵素を追加するだけで,RNA からの増幅もDNAと同様に簡易に高効率で行うことが可能である.


表3 固型癌におけるRT-PCRまたはPCRを用いた血中癌細胞の検出方法

  腫瘍の種類                                      分子マーカー
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  Melanoma                                        Tyrosinase mRNA
                                                  MART 1 mRNA
                                                  GAGE mRNA*
  Prostate                                        PSA mRNA
                                                  PAMA mRNA
                                                  RTI-1 mRNA*
  Breast carcinoma                                Muc 1 mRNA
                                                  CEA mRNA
                                                  Cytokeratin-19 mRNA
  Hepatocellular carcinoma                        AFP mRNA
                                                  Albumin mRNA
  Gastrointestinal carcinoma                      CEA mRNA
                                                  Cytokeratin-20 mRNA
  Lung carcinoma                                  CEA mRNA
                                                  Muc 1 mRNA
                                                  Cytokeratin-19 mRNA
                                                  Surfactant protein mRNA
  Neuroblastoma                                   Tyrosine hydroxylase mRNA
                                                  PGP 9.5 mRNA
                                                  GAGE mRNA*
  Ewing's sarcoma                                 EWS/FLI1 fusion transcript*
                                                  EWS-ERG fusion transcript*
  Uterine cervical carcinoma                      SCC antigen mRNA
                                                  Human papilloma virus
                                                  (HPV) E6 mRNA*
  Thyroid carcinoma of follicular origin          TGB mRNA
                                                  TPO mRNA

* 印は癌細胞特異マーカー,その他は臓器特異的マーカー(文献5より引用)

3. 内分泌代謝分野

内分泌代謝分野をすべてreviewすることは難しいので,今回はこれまで何度も取り上げられている糖尿病に関して,どのようなことが新しく進展してきているかを取り上げてみる.
糖尿病および糖代謝異常の成因分類に関しては,国際的にも1型,2型,その他の特定の機序・疾患によるもの,妊娠糖尿病の四つに大きく分類されている.この中で1型糖尿病は,膵β細胞の破壊が起こりインスリン欠乏を来すものであり,その原因として,自己免疫性と特発性とに分けられている.大阪大学糖尿病グループは新しいタイプの1型糖尿病を最近発見した9).花房らにより,この疾病は非自己免疫性劇症1型糖尿病と名づけられた10).その特徴を表4にまとめて示した.成人になってから急速に糖尿病が発症するわけであるが,臨床化学検査として問題が起こるのは糖尿病の診断にHbA1cを用いてもこの症例の場合には高値をとらないということである.おそらくウィルス感染によりこのような病態が発生するものと推測されている.
糖尿病の診断には血糖測定は不可欠であるが,従来より非侵襲的な血糖値測定の開発が望まれていた.しかし,実際実用に耐えうるものはこれまでほとんどなかった.最近,米国で超音波を使った非常に小型な特殊な機器を用いて非侵襲的に血糖を測定する方法が開発され,そのデバイスが作られ実際応用に移されつつある11).この方法は,特に血糖以外に他の体液物質が測定できる.今後応用が広がっていくものと予測される.
現在糖尿病の発生病機作としては,何らかの原因によりインスリン分泌が障害され起こるもののほかに,インスリンが十分分泌されているにもかかわらず血糖が上昇してしまう,いわゆるインスリン抵抗性の問題がある.インスリン抵抗性に関与する因子はこれまで多くのものがあると言われているが,その関連因子として臨床化学検査としても注目されるものを表5に示した.脂肪細胞から多くのサイトカインが分泌され,それがインスリン抵抗性と結びついていることが近年明らかにされてきている12).新しい物質としてレジスチンも発見され13),今後これらアディポサイトカインを中心とした物質測定が臨床化学検査として重要なものとなってくると思われる.
さて,糖尿病の治療には病態が進むとインスリン療法をせざるをえないわけであるが,従来は注射のみが有効であった.最近β細胞の移植により根治的に糖尿病を治す方法も動物実験でかなり光が見えてきている.また,ごく最近注射によらずにエアゾール吸入法によりインスリンを体内に入れる方法が開発され14),注射と同様に血糖値のコントロールがうまくいき始めつつある.

表4 非自己免疫性劇症1型糖尿病の特徴

  1. 糖尿病関連抗体が陰性である.
  2. ケトアシドーシスを伴って非常に急激に発症する.
  3. 発症時に著名な高血糖を認めるにもかかわらず,HbA1cは正常または軽度上昇にとどまる.
  4. 尿中Cペプチドは10 μg/day以下と発症時にすでにインスリン分泌は枯渇している.
  5. 発症時に血中膵外分泌酵素の上昇を認める.
  6. 膵島炎を認めない.
  7. 膵外分泌腺にTリンパ球を主体とした単核球の浸潤を認める.

(出典:花房俊昭)
表5 インスリン抵抗性関連因子

  アディポサイトカイン
  TNFα
  アディポネクチン
  レジスチン
  遊離脂肪酸(FFA)
  核内転写因子PPARγ
   (Peroxisome proliferator-activated receptor γ)


お わ り に

以上,分子診断および糖尿病に関連した臨床化学分野での最近注目されている臨床検査についてまとめてみた.この1年間を振り返ってみても臨床化学という言葉がもうすでに死語になるぐらい molecular biology を中心とした分子診断法が急速に検査診断分野に入ってきていることがわかる.今後さらにこの分子診断分野はますます拡大・発展していくものと考えられる.

文   献

  1) Notomi, T., et al.: Loop-mediated isothermal amplification of DNA. Nucl. Acids Res., 28 (e63), i−vii (2000).
  
2) Hidaka, K., et al.: Gene analysis of genomic DNA from stored serum by polymerase chain reaction: identification of three missense mutations in patients with cholinesterasemia and ABO genotyping. Clin. Chim. Acta, 303, 61-67 (2001).
  
3) Honda, H., et al.: Successful diagnosis of fetal gender using conventional PCR analysis of maternal serum. Clin. Chem., 47, 41-46 (2001).
  
4) Lo, Y. M. D., et al.: Plasma DNA as a pognostic marker in trauma patients. Clin. Chem., 46, 319-323 (2000).
  
5) Ghossein, R. A., et al.: Molecular detection and characterisation of circulating tumour cells and micrometastases in solid tumours. Eur. J. Cancer, 36, 1681-1694 (2000).
  
6) Ringel, M. D., et al.: Molecular diagnosis of residual and recurrent thyroid cancer by amplification of thyroglobulin messenger ribonucleic acid in peripheral blood. J. Clin. Endocr. Metab., 83, 4435-4442 (1998).
  
7) Takano, T., et al.: Quantitative measurement of thyroglobulin mRNA in peripheral blood of patients after total thyroidectomy. Br. J. Cancer, 85, 102-106 (2001).
  
8) Takano, T., et al.: Preoperative diagnosis of thyroid papillary and anaplastic carcinomas by real-time quantitative reverse transcription-polymerase chain reaction of oncofetal fibronectin messenger RNA. Cancer Res., 59, 4542-4545 (1999).
  
9) Imagawa, A., et al.: A novel subtype of type 1 diabetes mellitus characterized by a rapid onset and an absence of diabetes-related antibodies. New Engl. J. Med., 342, 301-307 (2000).
  
10) 花房俊昭,他:1型糖尿病の新しい病型.内分泌・糖尿病科,12, 180-186 (2001).
  
11) Kost, J., et al.: Transdermal monitoring of glucose and other analytes using ultrasound. Nature Medicine, 6, 347-350 (2000).
  
12) 浦風雅春,他:インスリン抵抗性症候群とその疫学.ホルモンと臨床,49, 265-271 (2001).
  
13) Steppan, C. M., et al.: The hormone resistin links obesity to diabetes. Nature, 409, 307-312 (2001).
  
14) Skyler, J. S., et al.: Efficacy of inhaled human insulin in type 1 diabetes mellitus: a randomised proof-of-concept study. Lancet, 357, 331-335 (2001).