Lab. Clin. Pract., 19(2) : 70-73 (2001)

第11回 春季大会記録


シンポジウム:最近注目されている専門分野での臨床検査

臨床生理学
生理化学検査の提案―肺機能の解析を例に―

広島大学医学部臨床検査医学学
神辺眞之・大島哲也・木村俊樹・川本 仁・山肩満徳・中島英勝・山岡和子

同付属病院検査部
河野富士子・佐孝千香


臨床生理検査においては,古くから,循環器疾患の血管特性,呼吸器疾患の肺機能の解析にレオロジー(粘弾性学)の手法が応用されている1)
レオロジー(粘弾性学)手法は,例えば,肺の呼吸の際の,肺の膨張,収縮などの物理(機械的)特性から,肺を構成している化学物質やその特性を推測しようとする手法とされている.産業界に利用されている物理化学と同じ学問体系である.
そこで,レオロジー(粘弾性学),物理化学と同じ手法として,「生理化学」手法を提案し,肺機能の解析に,「生理化学」手法を応用した実例を示す.その前に,肺機能とその検査の現状について報告する.

1. 肺機能の分類とその検査

肺機能は,呼吸性肺機能と非呼吸性肺機能に分類される.呼吸性肺機能は,肺の本来の機能である,生命に必要なO2を空気中から体内に取り込み,不必要になったCO2を空気中に排泄させる,いわゆる呼吸に関する機能である.ガス交換機能とも言われる.非呼吸性肺機能は,代謝臓器としての肺の機能で,いわゆる,肺の代謝機能である.すなわち,肺は,肝臓に匹敵する,代表的な代謝臓器と言われている.

1) 呼吸性肺機能とその検査

呼吸性肺機能は,肺を中心とした外呼吸と細胞内のミトコンドリアによる内呼吸に分類される.外呼吸に関する呼吸性肺機能は,図1に示すように,換気機能(肺の膨張・収縮力),肺胞・肺毛細血管床におけるガス交換機能,血液循環機能,それらを制御する呼吸中枢機能から構成される.呼吸性肺機能に関する検査法は,電気生理学検査法が主流で,換気機能については,スパイロメトリー,フローボリュームテストなどが使われ,ガス交換機能については,拡散能力検査が有効である.血液循環機能には,動脈血ガス分析検査や心臓カテーテル検査が代表的な検査法である.呼吸中枢機能に関する検査法は,比較的新しく,p 0.1検査や呼吸反射テストが開発された.しかし,ミトコンドリアによる内呼吸に関する検査法はブラックボックスと言われている.
呼吸性肺機能に関する研究の歴史は,1950年代は,研究先進国のイギリス,ドイツ,アメリカ,カナダに留学したり,それらの国の論文からの勉強に始まる.1960年代になって,本邦でも肺機能検査法や検査装置,肺機能の自動化の研究が行われ始めた.筆者らは,本邦で初の肺機能の自動化検査装置,スパイロコンピュータ,パンスパイロコンピュータを開発している2).しかし,2000年を迎える現在,呼吸性肺機能に関する研究は,肺機能検査法や検査装置の開発に止まり,呼吸器疾患の本来の病態解析や治療に役立っていないと反省されいる.そこで,筆者らは,呼吸器疾患の病態解析のために,新しい「生理化学」手法を提案している.


  図1   呼吸性肺機能の分類と主肺機能検査

2) 非呼吸性肺機能とその検査

非呼吸性肺機能因子は,図2に示すように,1929年に肺胞の表面張力による虚脱を防止する肺胞表面活性物質(surfactant)が肺胞第2上皮細胞から分泌されているのが発見され,その物質がリン脂質のレシチンの一種であることが証明されたことに始まる.肺胞表面活性物質と小児呼吸窮迫症候群(IRDS)との関係が小児科,産科で精力的に研究され,最近では,肺サーファクタントタンパク質-A (SP-A) を見つけ,膜貫通タンパク質であるMUC-1分子の一部とされるシアル化糖鎖抗源KL-6とともに,難病と言われる間質性肺臓炎の診断マーカーとして着目されている.肺は異所性ホルモン腫瘍などホルモンの活性にも関係し,肺腫瘍でいえば,腫瘍マーカーとして,最近,サイトケラチン19フラグメント(シフラ)が扁平上皮肺癌に,Pro-GRPと呼ばれる神経ペプチドが小細胞肺癌の診断に役立つとして注目されている.さらに,血管作動物質 (vaso active substance) としてのACE(アンギオテンシン変換酵素)は遺伝子レベルでその機能が解析され始めた.BALF(気管支肺胞洗浄液)を検体として化学的に分析することにより,Tリンパ球などの免疫機能が判明してきたが,さらに,インテグリンなどの接着因子の機能もわかってきている.


  図2   肺における非呼吸性因子

2. 生理化学的手法による肺換気仕事量の解析

本論に入る.肺の呼吸(換気)の際に要する仕事量(換気仕事量と呼んでいる)は,食道バルーンカテーテルによる胸腔内圧と口元の換気量を測定し,図3の喫煙時と非喫煙時の圧-量図に示すように,その面積から算出される.筆者らは,コンピュータに圧センサーと換気量センサーの信号をA/Dコンバータを介してオンラインで取り込み,換気仕事量を自動的に測定するシステムを試作したが3),肺の換気仕事量は機械的熱エネルギーとして示すことができ,単位は,MKS単位で,kg・m/Lまたはkg・cm/Lである.肺の換気仕事量の機械的熱エネルギーは,化学的熱エネルギーに換算でき,化学的熱エネルギーの単位は,CGS単位のkcalまたはcalで表す.
図3に示す喫煙時と非喫煙時の肺の換気仕事量に相当する機械的熱エネルギー(W), それを換算した化学的熱エネルギー(Q), および呼吸によって消費され,呼吸筋に残った化学的熱エネルギー(q)は,それぞれ,1.92 kg・cm/L対 3.69 kg・cm/L, 0.008 cal 対 0.016 cal, 0.008 cal 対0.016 calであった.特に喫煙時の呼吸筋に残された化学的熱エネルギー(q)は,喫煙を止めて3カ月後の非喫煙時に比べて,約半分しか残されていなかった.


  図3   喫煙時期と非喫煙時期の肺の換気仕事量(W,Q,q

3. 呼吸筋の化学的熱エネルギーとミトコンドリアのATP関係

呼吸(換気)時の肺の換気仕事量は,吸息側は呼吸中枢からの刺激により,呼吸器の弾性抵抗に打ち勝つ熱エネルギーが呼吸筋に蓄えられる.主に呼息側で,粘性抵抗に打ち勝つために,吸息側で呼吸筋に蓄えた熱エネルギーを消費する.呼吸筋に残った熱エネルギーが少ないと呼吸筋は弱くなる.この呼吸筋に残された熱エネルギーは化学的熱エネルギー(q)で表現できるが,その化学的熱エネルギー(q)に相当する熱を生じる化学物質はいかなるものかが,次に,疑問になる.
そこで,呼吸筋に残された化学的熱エネルギー(q)が呼吸筋のミトコンドリアの内呼吸によって産生された ATP (adenosin tri-phosphate) と仮定し,とりあえず,動脈血ガス分析の検体である動脈血のATPを次の要領で測定した4)

4. 動脈血におけるATPの測定

動脈血におけるATPの測定には,ベルトールド社製ルミノメーター9501を用いた.この測定装置の原理は,アメリカ産の蛍 (Photinus pyralis) に由来するルシフェラーゼ反応により,ATP+d-Luciferin+O2→Oxyluciferin+AMP+Pyrophosphate+CO2+光(560 nm) のように,測定できる.その前に,ATPを細胞のミトコンドリアから抽出し,すばやくATPを分解する酵素を不活性化するために,トリクロロ酢酸(TCA)を検体に混入する必要がある.
塵肺症の動脈血から,全血,赤血球・血小板,白血球の3種類を分離し,それぞれのATPを測定し,図4にその関係の一例を示した.図4の全血と赤血球・血小板とのATPの相関関係は統計的にないように,全血と白血球,白血球と赤血球・血小板とのATPの相関関係もなく,数の多い赤血球系のATPは解糖によるもの,白血球系のATPは,ミトコンドリア由来と蓄積されたエネルギーのメカニズムが違うことが結果から推測できる5), 6)
いずれにしろ,全血中のATPは,呼吸によって呼吸筋に残された化学的熱エネルギー(q)の約200倍の値であることがわかった.

赤血球 ・血小板
白血球
  図4   赤血球・血小板(y 軸, 10-5 mol/L) と白血球 (x 軸, 10-10 mol/L)のATPの相関関係

文   献

  1) 中村 隆,滝島 任:肺換気のレオロジー.呼吸と循環,7(6), 539-548 (1959).
  
2) 西本幸男,神辺眞之,他:新しい機器と呼吸機能検査―スパイロコンピュータとパンスパイロコンピューター.綜合臨床,19(12), 2627-2635 (1970).
  
3) 神辺眞之,安田信正,坪倉篤雄,他:換気力学的因子解析システムの開発と応用.呼吸と循環,33(12), 1465-1485 (1985).
  
4) 神辺眞之,木村俊樹,川本 仁,他:呼吸機能検査の現状と将来―呼吸性と非呼吸性の接点―.臨床病理,47(3), 262-267 (1999).
  
5) 高橋勇二,三浦 卓:低酸素応答―ガン抑制遺伝子とのクロストーク―.THE LUNG, 8(3), 288-293 (2000).
  
6) 神辺眞之,大島哲也,木村俊樹,他:臨床生理検査のトピックス―呼吸機能―.臨床病理,49(6), 546-550 (2001).