Lab. Clin. Pract., 19(2) : 61-65 (2001)

第11回 春季大会記録


特別講演

臨床病理医37年の履歴

聖路加国際病院臨床病理科
村 井 哲 夫


は じ め に

昭和39 (1964)年4月インターンを終了し,順天堂大学医学部臨床病理学講座(小酒井 望教授)に入局した.昭和36年に順天堂大学医学部に当講座が開設されてから3年,昭和38年に日本大学(土屋俊夫教授),昭和大学(石井 暢教授),東京医科大学(福武勝博教授),日本医大(高山弘平教授)の4私立大学に臨床病理(臨床検査)学講座が開講され,ようやくわが国の主要大学病院などに中央検査部も整い,臨床病理学の教育,研究も緒についた段階にあった.一方,国公立大学医学部では専任の中央検査部部長の配置はなく,併任の助教授などにその管理がゆだねられていた.また,昭和26年にわが国最初の臨床病理学講座(柴田 進教授)として開設された山口県立医科大学が国立大学に移管されるに当たり閉講されることが明らかになった時期であり,臨床病理学がどのように発展するかを予想することは,これからの臨床検査医学のゆく末を占うよりはさらに困難な状況にあった.
このような環境にもかかわらず,臨床病理学講座に入局を決心したのは,当時講座を主催する小酒井 望教授の包容力,林 康之助教授の後輩指導への熱意,さらに米国より帰国早々の新進の臨床病理医,河合 忠講師の巧みな話術による説得などにより“まあ,何とかなるだろう”と判断したことによる.
以来37年間,臨床病理医として業務についてきた.自分の仕事の場である病院中央臨床検査部を常にわが国の最先端をゆく設備,組織,機能を有するものにしたいと努めてきた.また,その検査部が実際の診療に貢献する施設であるよう機会があるたびに新しい企画を試み,臨床側にその成果を提供してきた.その一端を紹介させていただく.
ここ数年の日本臨床病理学会総会,日本臨床検査医会大会におけるテーマとして“臨床検査医(学)とは何か”を取り上げるワークショップ,シンポジウムがしばしば開催されている.臨床検査医(学)のIdentityについて未だ適切な解答が得られず,医療に占める我々の役割を明確に認識できず,模索されていることを示すものと考えた.筆者の永年にわたる臨床病理医としての経験がその解答に少しでも役に立てばとの思いから,このような演題を選ばせていただいた.

1. 病院における臨床病理(検査)医の役割

臨床病理医が病院において担うべき業務を表1に示した.これは筆者が,「一般病院中央検査部における臨床病理医」「わが国の臨床病理学,その現状と将来」順天堂大学臨床病理学教室開設10周年記念出版,小酒井 望編,宇宙堂八木書店,昭和46年に論述したものを整理したものである.以来30年余を経たが,近年の急速な技術の発展により医療,診断の環境が大きく変化し,とりわけ“臨床検査”の分野は,技術的・学問的進歩の影響を大きく受けた.しかし,臨床病理医についてみると,その役割の基本的なものには大きな違いはないと考えている.
当時このような主張に対しては,諸先輩から極めて広い範囲についての知識と技術を必要とする“臨床検査”全般についての業務を担う医師を養成し,実践できるようにすることは困難であろうとの意見も見られたが,“臨床検査”を担当する臨床病理(検査)医としてこれだけの役割を担うことが,臨床検査の専門医として,他領域の医師ならびに臨床検査技師などに評価されるためには必要であろう.

表1 病院における臨床病理医の役割

  1. 臨床検査部管理運営
   1) 合理的検査部の構築と運営
   2) 成績管理の実践
   3) 技師の指導による実務機能の向上
   4) 資料の管理・保存
  2. 臨床検査部のサービス機能の向上
   1) 実用的検査データ検索機能の整備
   2) 緊急検査・POCT体制の整備
   3) 有効な臨床検査情報の提供
   4) 種々の質疑に対する迅速な応答体制の整備
   5) 医師の教育・実技指導
  3. 院内感染情報の提供など,病院の管理機能向上への協力
  4. CPCの主催など「検査」臨床応用の実際への啓蒙
  5. 臨床研究への協力


2. 臨床病理医としての履歴

臨床病理医としての履歴の主なものを表2に示した.それぞれの職場に在職中の主な業績を紹介する.

表2 履歴

  昭和39年  4月 順天堂大学医学部臨床病理学教室 入局
  昭和43年  8月 順天堂大学医学部臨床病理学教室 講師
  昭和46年  9月 藤沢病院臨床検査科 部長
  昭和52年12月 筑波大学臨床学系 助教授
  平成  1年  4月 筑波大学医療技術短期大学部 教授
  平成  4年  4月 聖路加国際病院臨床病理科 部長  現在に至る


1) 順天堂大学付属病院検査部

昭和39年4月順天堂大学医学部臨床病理学講座に入局した.直後(1)血液検査室に依頼される全ての血液検査結果報告書のチェック,(2)この年の秋に開催される臨床病理学総会で発表する研究テーマを探し,研究を開始すること,(3)医学部学生(6年)の臨床実習の担当,臨床検査技師学校学生の講義を命ぜられた.
当時順天堂大学附属医院中央検査部血液検査室は100件前後のCBCの報告をしていたが,このすべてをチェックし異常値のあるものについては担当の技師にデータに間違いがないことを確認するとともに臨床医にそのことを伝えた.なお,チェックした全例にサインを行った.その間,血算のための技術(計算板法),血液像,骨髄像の見方,血液データの解釈の方法などを身に付けた.
この年の秋の日本臨床病理学会総会では“ジエチルジチオカルバミン酸ソーダによる血清銅測定法”を報告した.ウイルソン病について興味をもったことが,このテーマの研究に着手した理由である.
一方,医学部学生の実習担当と技師学校の学生講義は,当初こちらが骨髄像を十分に分類する知識と経験がないままこれを教えるといった状態で,予習が必要でいささか苦労した.このような経過で約2年で各検査部門(血液,化学,血清,細菌,生理)一通りのローテーションを終了し,病理学教室に出向し,外科病理,病理解剖の技術,知識の修得に努め病理解剖医の資格を取得した.この間に数編の論文も発表し,入局4年半後には講師に昇格し大学から常勤者としての給与が支給されるようになった.
順天堂大学附属医院検査部において,臨床検査の各領域の主要なものについて一通りの技術を経験したことは,その後検査室の管理者として業務を担当するのに役立った.日常の検査業務から発生するさまざまな問題の原因の把握,対処の方法を見つけ,指導するに当たり教科書による知識ではなく,経験による学修は大きく貢献した.

2) 藤沢市民病院中央検査部

昭和46年新しい300床の病院として開設された藤沢市民病院中央検査部部長に着任し行った実績の主なものを表3に示した.
一部の大学病院検査部等にようやく外国製の臨床化学や血液検査用大型多機能分析装置が導入されるようになった時期に当たり,国産の実用的臨床化学用自動分析装置の供給が開始されていた.
藤沢市民病院検査部では積極的に採用が可能な最新鋭の分析装置の導入を図るとともにこれを効率的に運用するための種々の試みを行った.疾患別検査オーダセットの採用(6チャンネル自動分析装置の分析項目に対応させる項目別組合せなどや,血液遠心分離行程合理化のための合成樹脂粒子の採用など)を行った.また,当時の検査部運用方式として画期的な外来患者のための中央採血室の整備と臨床検査技師による病棟における入院患者の検体採取を行った.
この年に臨床検査技師制度が改正され,技師による採血行為が認められたことを評価しこの制度を導入した.臨床検査技師を病棟に派遣し採血業務等をさせることについては現在も実践例が少なく,その利害得失についてはさまざまの意見を聞くが,表4に示すように利点も多く,筆者は今後とも臨床検査技師の担うべき業務として積極的に進めるべき方策と考えている.
なお藤沢市民病院では外科病理の診断および病理解剖も担当した.藤沢市民病院検査部における種々の試みについては,顧問として来院されていた神奈川衛生短期大学部教授 吉野二男先生のご指導ご協力による点が多大であった.

表3 藤沢市民病院・中央検査部

  1. 新鋭分析機の導入による効率的検査部の構築
  2. 臨床検査技師による病棟採血および検査の実施
  3. 分離剤入りディスポーザブル採血管の採用による,血清分離の合理化
  4. 疾患別検査セットの導入による検査オーダの合理化・検査実務機能の向上
  5. 多チャンネル自動分析装置への自動検査項目選択システムの導入
  6. 病理検査・病理解剖の実施
  7. 臨床研究への協力


表4 臨床検査技師による入院患者採血など,病棟における業務実施のメリット

  1. 臨床検査技師担当業務の拡大
  2. 患者に直接接する事による,臨床検査技師自身の業務意識の向上
  3. 病院職員による臨床検査技師評価の向上
  4. 臨床検査の精度向上
  5. POCTへの対応など,報告までの時間短縮
  6. 臨床検査外部委託の防止(外注化,FMS, ブランチ化の抑制)


3) 筑波大学付属病院検体検査室

新しい方針に基づく医学教育の場として創設された筑波大学医学専門学群の付属病院検体検査部副部長として昭和52年12月着任した.正式に助教授の辞令を受ける5年前より,病院検査部の設計,機器の選定,技師長の選考,臨床病理学に関する学生の教育方針の企画などに参加していた.
筑波大学付属病院中央検査部検体検査部門副部長として実践した主なものを表5に示した.
当時は国立新設医科大学付属病院が次々に開院される時期に当たり,コンピューターによる検査部のシステム化,自動化,検査情報の管理など新しい方式を採用した中央検査部が運用を始めていた.なかでも高知医科大学中央検査部部長 佐々木匡秀教授,浜松医大中央検査部部長 管野 剛教授,佐賀医大中央検査部部長 只野寿太郎教授らは特徴ある中央検査部を企画し運用されていた.この時期にわが国におけるコンピュータによる検体検査部の運用システムとこれによる自動化分析装置の制御方法の基本的な技術は,ほぼ完成したと考えている.筑波大学付属病院検査部の開設はこれら施設に2〜3年遅れることになったが,この時間差を活かし既設の長所を取り込むとともに,より運用効率の高いシステムの構築を企画した.特に検査依頼情報の取り込み,サンプリングの合理化,検査結果提供体制の整備など,医師,看護婦,事務職員などの臨床検査に関係する業務の軽減と,医師が臨床診断をするに当たり検査データを有効に利用できる体制の整備に努めた.また臨床検査情報の病院運用方針への反映(院内感染防止システムの構築,抗菌剤選択のための有効情報提供)を目的とするシステムを企画した.これらの目的で(1)IDプリンターを利用するOCRによる検査依頼情報の発生源入力,(2)血液採取から分析に至るサンプリング処理の一元化による血清分離分注処理の合理化,(3)病院内CRTによるリアルタイムデータ検索,時系列データ検索システム,(4)医療情報室における検査結果伝票の出力とカルテへの添付,(5)24時間検査システム運用,(6)細菌検査データの統計管理による院内感染チェックシステムの構築,合理的抗菌剤選択指針の提示,などを行った.特に(6)については検査部から提供される情報が,より適切に利用されるよう自身が感染症グループ長に就任し,病棟に入りそのデータを基にレジデントや臨床医の指導に当たった.個々には一部施設で実用化されていたものもあったが,検査部全体としてこのような機能を有する施設はなかったと自負している.
システムの企画,設計,実践に当たって中央検査部部長 及川 淳教授による指導ならびに諸関係部門との調節,時には無理とも思える主張を許容していただけたことが,このようなことができた要因と感謝している.

表5 筑波大学付属病院臨床検査室

  1. コンピュータによるLASの構築
   1) 発生源オーダリングシステム
   2) 採血・血清分離・分注・項目別分析の一貫システム
   3) 24時間自動運用
   4) 院内・検査データ即時および時系列検索システム
  2. 感染症グール長に就任
   1) 抗生剤の使用方法等につき,医師・レジデント・学生教育
   2) 細菌検査室システム化による感染症情報の逐次提供
   3) 院内感染検索システム


4) 聖路加国際病院臨床検査部

平成4年4月聖路加国際病院検査部部長として着任し以来行った主な実績を表6に示した.
聖路加国際病院はこの年5月連休明けより旧病院を閉鎖し,全く新しい施設に立て替えた新病院の運用を開始した.臨床検査部も新しい体制で運用されることとなり,従来臨床化学,血液,細菌など各部門ごとに独立し運用されていたが,検査部をワンフロアーに統合し,臨床検査技師の業務も原則ローテーションで対応することにした.
検査部はトータルオーダリングシステムに組入れ,検査依頼情報の入力および検査結果の出力は,外来,病棟とも各部所に設置されたCRTより発生源入出力される.また,分析装置の制御はホストコンピュータによる情報により行われ,採血管をセットすれば,二系統の検体搬送システムを経て分析までの全行程が自動処理された.基本的には細菌検査,血液像検査なども含め,すべてペーパーレスで運用されるよう構築した.
当システムはオーダ発生から試料の分析,結果の検索に至るすべての過程がシステムに組込まれ,事務的作業,検体処理などに要する人員の削減など経済的にも効率的な検査部の構築を目指したものであった.
しかし,実際には米国経営コンサルタントによる経営調査を受けた結果,人件費の削減効果は限られたものであり,経済効果は負であることが指摘された.当院規模の検体数では,自動化のために投資された資本を回収することは,現在の医療保険制度のもとでは不可能との報告を得た.この結果は次期検査部の更新に当たって検査部の外部委託を含めその運営方針の見直しをするきっかけとなった.
わが国における病院POCTの実状をみると,一部病院では ER, CCU, ICU, 手術室などに分析機器が設置され,医師,看護婦に利用されている.これらについて分析担当者のID, 患者IDの入力,データのチェック,臨床応用への記録,さらに精度管理,保守管理は実施されず,極めて危険な状態で運用されており,医療過誤などの危険を抱含したまま利用されている.米国医療におけるPOCT利用の状況と同様の管理体制をもつシステムを作り上げることを目的とするPOCT管理運用システムを構築した.ハードウエアとしてのこのシステムの構築は一応完成したが,現在運用されないままの状況にある.POCTを利用する医師,看護婦,臨床検査技師いずれもそれぞれが現在担当する職務の範囲や権限に縛られ,水平的に協力しながら業務を担当することができず新しいシステムの利用を嫌うことが主要な原因である.
POCTを安心して医療に利用するためには,このようなチェックシステムによる管理運用は不可欠であることを,時間をかけ説得しながら利用されるのを待ち続けざるをえないと考えている.
当院検査部の“ブランチ化”に至る経過とその概要は本誌 18(1) 42〜44 (2000) にも紹介した.

表6 聖路加国際病院臨床検査部

  1. 病院トータルオーダリングシステムに対応する臨床検査部LASの構築
  2. 臨床検査部の精細な経営調査
  3. 経営調査結果に基づく検査部運用方式の根本的改革
  4. 検体検査部門の“ブランチ”化
  5. POCT統合管理システムの構築
  6. ニューヨーク市 Beth Israel Medical Center 中央検査部LASの企画・設計・運用に参加


お わ り に

約37年にわたり,臨床病理医として病院検査部において行った業務の一端を紹介した.臨床病理医の役割りとして最も重要な仕事は,今回紹介したものよりはむしろ日常業務の中にあると考えるが,限られた時間でまとめることは難しく割愛させていただいた.
またこの間の社会的活動(公的委員など),学会活動(役員など)や研究業績などは,臨床病理医本来の役割は病院における医師としての実績にあると考え省略した.
臨床病理医としてこのテーマで講演することを決心したのは,日本臨床病理学会が日本臨床検査医学会と名称が変更されるに当たり,臨床病理医もまた臨床検査医と呼ばれることになったが,わが国で臨床病理医として教育を受け,生粋の臨床病理医の一人を任じてきたものとして,この呼名が今日まで自分が実践してきたことを表現するのに適当なのか,さらにこれから病院における臨床検査に関する業務を担当する“医師”として他領域の人たちの理解されるのか,に疑念をもったことにある.
医療費の増大を抑制する目的で医療保険制度の改革などさまざまな対策がとられつつある中で“臨床検査”も例外ではありえず,検査部の縮小さえ予想される状況になってきた.今後病院検査部をどのように維持していくか,また臨床検査医はどのような役割を果たすことで,病院における医師として活動していけるのか,その解答を示すべき正念場にさしかかっていると言えよう.
永年にわたり病院検査部で業務を担当してきた臨床病理医としてその経験を提示することで筆者の病院検査部に勤務する医師としての“あり方”についての考えを述べさせていただいた.

謝 辞 第11回日本臨床検査医会春季大会において私的な発言とも言えるこのような講演にあえて発表の機会を与えて下さった大会長 大阪市立医大教授 巽 典之先生に深く感謝いたします.永年にわたり臨床病理医の先輩としてご指導をいただいてきた近畿医科大臨床病理学前教授 大場康寛先生には今度もまた司会の労をとっていただきました.深くお礼を申し上げます.