基準値は健康だと思われる多数の人を検査し、その95%をカバーできる領域で決めます。昔は正常値とも呼ばれましたが、誤解を生じやすいので日本臨床検査医学会は「基準値」という呼び方を推奨しており、世の中に浸透してきています。しかし、誤解はまだあるようです。 その一つが、「基準値内なら『健康』が保証されたと考えてよいのですね」というような質問です。大体はそのように判断してよいのですが、場合によっては誤解になってしまいます。 例を示した方がわかりやすいでしょう。下図のAはある検診における血清コレステロールの分布を示したものです。基準値は定義に従って95%をカバーできる値とすると、上限は260mg/dl程度となります。 一方、多くの人々をフォローアップし、血清コレステロール値と心筋梗塞をはじめとする冠動脈疾患の発症を調べたJ-LITという研究があります。図のBはその結果から得られた血清コレステロール別の冠動脈疾患発症の相対危険度を示したものです。これによれば、220mg/dlを越えると注意が必要で240mg/dl以上では確実に冠動脈疾患のリスクは高くなっており、治療が必要だと判断されます。 このように、基準範囲の検査値と、健康に問題があり治療が必要となる検査値は異なることがあるのです。なぜでしょうか。 そもそも基準値は正常と思われる人の95%の範囲できめられるので、もし、健康上に問題のある血清コレステロール値が高い人(これを病気の有病率といいます)が5%を越えていたら、95%をカバーする範囲よりも低いところに治療開始基準を定めなければならないからなのです。この値はJ-LITのような大規模研究から定められています。 もっとも有病率が5%を越える病気はそうざらにはありません。検査値とは少し異なりますが、高血圧症と診断する血圧値、糖尿病と診断する血糖値などはこの例です。いずれも生活習慣病の範疇である疾患であるのは興味深いことです。 検査値が基準値を少しでも越えたら治療が必要なのか 逆に、ある検査値が少しでも値を越えたら治療が必要になるかといえば、そうでもありません。有病率が5%に近い病気はそうざらにあるものではないからです。治療開始基準値はそれぞれの病気について、証拠に基づいて決められており、基準値そのものでないことがむしろ多いのです。医師は治療が必要かどうについて検査値を組み合わせて総合的に判断しています。疑問があれば医師に尋ねてみるのがよいでしょう。 |