JACLaP NEWS No. 62 p4 (2001)

独立行政法人化における国立大学病院検査部の あり方を考える


 思いもかけなかったことが起こりつつある。日本経済の低迷が、人間に問題あると思ったのか、日本政府は、戦後50年にして、高等教育改革に着手した。平成16年度から、99国立大学を、研究・教育大学、教育専門大学、民間払い下げ大学に3分類するらしい。国立大学病院も当然のことながら、3分類されるだろうし、このような状況下で、「国立大学病院の検査部はどうあるべきか」と、検査部長としての責任の重大さを感じる昨今である。ある有名な会社の重役さんの「企業においては、人間が大切だ。万策尽きて、従業員のリストラを考える。平常時には無能力と言われている人が、非常時には猛烈な能力を発揮することがある。機械ではそれはできない。」という言葉が忘られない。独立行政法人化後の検査部の未来を切り開くのは我々人間であり、決して大金をかけて構築した自動検査システムではない。

1) 検査医とは?
 私は、機械より人を取る。検査の担い手である、検査医と臨床検査技師について、「検査医は、何をしているのか? 検査医のIdentityは? 」と言われて久しい。
 私自身、内科医から検査医に転向し、「検査医は、検査や病気の診断はできるが、治療の手段を持たない」のが自信を持てない原因の一つと考え、教室員に実際に患者さんを診察させ、「検査的治療法」を模索している。毎年、1回、開催される「国立大学検査部会議」でも、数年間、検査部の診療を検討したが、まとまらなかった。基礎医学出身からの検査医は、「診察する必要なし。検査に専念し、病態解析について探究すべし。」と主張される方が多い。一理ある。最近、文科省の大学院大学の条件についての文章を読んでいると、「基礎医学の研究成果を臨床医学に活用できる能力者を養成できる」という文言があった。まさに、我々、検査医は、基礎医学を臨床医学へ、検査を通じて活用し、患者さんのために役立つことを目標にすべきかなと思ったりもする。

2) 臨床検査技師とは?
 私たちが大学を卒業したときは、検査は医者のするものであった。何時の頃からか、看護婦さんが手伝ってくれ始め、そして、検査は、看護業務の一つとなった。次いで、検査は、検査項目が増えその後多用化に伴い、検査は臨床検査技師に委ねられるようになった。ぼやきになるが、LASとかLISとかの検査の自動化システムは、科学技術の象徴のような評価も受けたが、結果的には、検査技師の価値を下げ、医療費の高騰の一因と言われるようになった。検査を愛する有能な検査技師の最近の傾向は、機械が苦手とする病理検査や微生物検査領域を希望する。21世紀の新しい検査体制を目指して、検査技師教育の改革が必要と思う。Clinical Pathology からClinical Laboratory Medicine に変革したのだから、それにふさわしい学問体系を完成させたいものだ。

(広島大学医学部附属病院検査部 神辺眞之)



SNPによる疾患感受性診断


 多因子病の疾患感受性を遺伝子多型、とくにsingle nucleotide polymorphism (SNP) が決定しているという仮説のもとに、現在SNPと疾患との関連解析が盛んに行われています。2つのアプローチがとられており、1つは以前より行われている候補遺伝子アプローチです。これは解析する遺伝子を対象疾患の病因・病態に密接に関連するものに絞る方法で、現在発表されつづけている膨大な関連解析論文のほぼ全てがこれに相当します。研究ごとの再現性が問題視されますが、病気の基本的表現型は人種間で差はありませんので、SNPが疾患感受性に関連するなら、人種間でも共通のSNPが見つかるはずです。実際、アルツハイマー病とApoE4との関連は人種を超えて再現性が認められていますし、そのような本質的なSNPが徐々に見つかってきています。
 一方、候補遺伝子アプローチでは時間がかかりすぎるということで、網羅的アプローチが試みられています。産学官一体となって大規模な予算のもとにSNP解析が行われているのはご承知のとおりです。先日の臨床検査医学会総会でも、イブニングセミナーで理研の心筋梗塞チームの田中先生が研究成果を披露されていました。彼らのアプローチは、イントロン領域は捨てて、コード領域を中心に15万のSNPを1,000人の心筋梗塞患者で検討するというものです。1,000人というのは、オッズ比が1.5〜2.0程度の関連を明らかにするには500〜1,000例の解析が必要との根拠に基づいています。しかし実際に15万の1,000倍は1億5千万ですので、1億5千万回のSNP解析を行わねばなりません。1 SNP あたり安く見積もって10円かかるとしても15億円を要しますし、基礎的検討などを含めるとさらに費用は膨らむでしょう。現時点では100例を対象にしてスクリーニングを行い、まず関連の強いものを拾い上げる作業を進めているようです。これまでのところ 3,000 SNP をスクリーニングして1つだけ強い関連を示すものが見つかったそうです。15万を3千で割ると50ですが、田中先生は、最終的に残るものは数個から多くても10個以内だろうとの印象を述べていました。
 SNPは集団の 1% 以上に見出されるありふれた遺伝子変化ですので、これらが疾患感受性に関与するとすれば、これまでの膨大な関連解析結果からも、個々のSNPの寄与度がそれほど大きくなることは考えにくい。また、SNPと疾患との関連解析では、対照集団のとり方に様々な問題があります。近い将来、網羅的研究プロジェクトとこれまでの候補遺伝子アプローチで得られたSNPを、検査でいう基準母集団でしょうか、限りなく危険因子を除いた健常者集団で洗い直す必要があると思われます。さらに、最も重要なことは、ある疾患の感受性に寄与するSNPの組み合わせがわかったとしても、それに対応した適切な予防法が確立されなければなりません。対処のない予知診断では救いがありません。
 我が国における網羅的アプローチは、一部の主要疾患を対象として一刻も早く疾患感受性SNPの輪郭を明らかにすることを目指しています。従って、対照集団の検討、詳細な臨床病理学的解析、予防法の研究、検査として適切な検出法の確立等々、我々一般研究者のやるべきことは山積しています。何十台と並んだシークエンサーの写真に惑わされることなく、近い将来の検査法の1つとして位置づけ、積極的に研究に関わっていきたいものです。

(山口大学医学部臨床検査医学 日野田裕治)